あれだけ離れなかったミナトの腕は、翠の言葉によって離れて行く。
抑えつけらたせいで少し肩が痛んだが、カヤは安堵の息を吐いた。
距離を取った二人に、翠はゆっくりと近づいて来る。
その手には見覚えのある衣が握られていた。
紛うこと無くカヤの衣だ。
その瞬間、先ほど翠によって脱がされた厚手の衣を思いっきり忘れてきていたことに、ようやく気が付いた。
「カヤ、忘れ物だ。身体を冷やしてはいけないよ」
「あ……も、申し訳ありません」
深々と頭を下げながら衣を受け取り、恥ずかしさで俯きながらそそくさと上から着こむ。
その間に、翠は立ち尽くしているミナトに顔を向けた。
「ミナト。すまないが、カヤは優秀な世話役なのだ。他の場所を勧められては困ってしまうな」
物腰柔らかな口調だったが、翠がタケル以外の人間に咎めるような事を言うのは、よっぽどの事だった。
それを分かっているであろうミナトは、静かな動作で廊下に膝を付いた。
「いえ、そのようなつもりは決して御座いません。知友としてのただの戯言にございます。とは言え、誤解を招くような発言をしてしまった事は事実です。申し訳御座いませんでした」
「それなら良いのだよ。仲が良いのは良い事だ。だがまあ、程々にな」
「はい」と頷いたミナトは、翠に向かって頭を垂れた。
「それでは、私は失礼致します」
「ああ。大変とは思うが、引き続き見回りを頼むよ」
「承知致しました」
ミナトは、翠の顔どころかカヤの顔すらも見る事なく、その場を去って行った。
遠ざかっていく背中を見送っていると、隣で翠も同じようにミナトの背中を見つめていた。
「……あの、翠?」
ミナトが廊下の角を曲がっていったのを確認して、おずおずと呼びかけた。
翠の眼が険しく細められているような気がしたのだ。
翠は、すぐにカヤを視線を戻した。
「ああ、ごめん……って、それどうした?まさか戻ってきたのか?」
驚いたようにそう言われ、カヤは翠の視線を辿った。
彼の目は、カヤの髪に注がれている。
どうやら髪飾の事を言っているらしい。
そうか、同じ琥珀が付いているから、彼は勘違いをしているのだ。
「あ、違うよ。これ確かに同じ石だけど、髪飾自体は全然別の物なの」
「そうなのか?ああ、まあ確かに微妙に違うな……」
まじまじと髪飾を見つめながら、翠が呟く。
確かに翠も一度は目撃しているとは言え、あの日は月明かりだけの夜だったし、遠目で一瞬しか見ていないはずだ。
(良く覚えてるな……)
その物覚えの良さに舌を巻いていると、翠は不思議そうに首を傾げた。
「自分で買ったのか?珍しいな、カヤがそう言うの買うなんて」
「あ、ううん、ミナトがくれたの」
「……ミナトが?」
途端に、翠の声が僅かに低くなった気がした。
気のせいでは無いその変化に、カヤは思わずたじろぐ。
「う、うん……稽古頑張ったご褒美にって……」
「へえ……褒美にねえ」
意味ありげに言葉を繰り返した翠は、無意識のようにミナトが去って行った方角をまた見やる。
怪訝そうに顰められたその眉の意味を、カヤは何故だか聴く事が出来ないのであった。
抑えつけらたせいで少し肩が痛んだが、カヤは安堵の息を吐いた。
距離を取った二人に、翠はゆっくりと近づいて来る。
その手には見覚えのある衣が握られていた。
紛うこと無くカヤの衣だ。
その瞬間、先ほど翠によって脱がされた厚手の衣を思いっきり忘れてきていたことに、ようやく気が付いた。
「カヤ、忘れ物だ。身体を冷やしてはいけないよ」
「あ……も、申し訳ありません」
深々と頭を下げながら衣を受け取り、恥ずかしさで俯きながらそそくさと上から着こむ。
その間に、翠は立ち尽くしているミナトに顔を向けた。
「ミナト。すまないが、カヤは優秀な世話役なのだ。他の場所を勧められては困ってしまうな」
物腰柔らかな口調だったが、翠がタケル以外の人間に咎めるような事を言うのは、よっぽどの事だった。
それを分かっているであろうミナトは、静かな動作で廊下に膝を付いた。
「いえ、そのようなつもりは決して御座いません。知友としてのただの戯言にございます。とは言え、誤解を招くような発言をしてしまった事は事実です。申し訳御座いませんでした」
「それなら良いのだよ。仲が良いのは良い事だ。だがまあ、程々にな」
「はい」と頷いたミナトは、翠に向かって頭を垂れた。
「それでは、私は失礼致します」
「ああ。大変とは思うが、引き続き見回りを頼むよ」
「承知致しました」
ミナトは、翠の顔どころかカヤの顔すらも見る事なく、その場を去って行った。
遠ざかっていく背中を見送っていると、隣で翠も同じようにミナトの背中を見つめていた。
「……あの、翠?」
ミナトが廊下の角を曲がっていったのを確認して、おずおずと呼びかけた。
翠の眼が険しく細められているような気がしたのだ。
翠は、すぐにカヤを視線を戻した。
「ああ、ごめん……って、それどうした?まさか戻ってきたのか?」
驚いたようにそう言われ、カヤは翠の視線を辿った。
彼の目は、カヤの髪に注がれている。
どうやら髪飾の事を言っているらしい。
そうか、同じ琥珀が付いているから、彼は勘違いをしているのだ。
「あ、違うよ。これ確かに同じ石だけど、髪飾自体は全然別の物なの」
「そうなのか?ああ、まあ確かに微妙に違うな……」
まじまじと髪飾を見つめながら、翠が呟く。
確かに翠も一度は目撃しているとは言え、あの日は月明かりだけの夜だったし、遠目で一瞬しか見ていないはずだ。
(良く覚えてるな……)
その物覚えの良さに舌を巻いていると、翠は不思議そうに首を傾げた。
「自分で買ったのか?珍しいな、カヤがそう言うの買うなんて」
「あ、ううん、ミナトがくれたの」
「……ミナトが?」
途端に、翠の声が僅かに低くなった気がした。
気のせいでは無いその変化に、カヤは思わずたじろぐ。
「う、うん……稽古頑張ったご褒美にって……」
「へえ……褒美にねえ」
意味ありげに言葉を繰り返した翠は、無意識のようにミナトが去って行った方角をまた見やる。
怪訝そうに顰められたその眉の意味を、カヤは何故だか聴く事が出来ないのであった。
