「こう言うのも良いですねえ」

お祈りを終えたナツナが、穏やかにはにかんだ。
ユタも大きく頷く。

「そうね。今までは見るだけだったものね……あ、翠様がいらしたわよ」

その言葉に、カヤは振り返った。

人ごみの向こうから、タケルと連れ立って翠が歩いて来るのが見えた。

以前は美しく風になびいていた髪も、今はすっかり短くなり、肩の上あたりでひらひらと揺れている。

周りの民達が地面に膝を着き始めたので、カヤ達もそれにならった。

「やっぱりまだ見慣れないわねえ……翠様の髪」

跪きながら、ユタが小さく呟いた。
カヤでさえ見慣れないのだから、それも無理は無かった。

「そうですね」と隣でナツナが頷き、言葉を続ける。

「でも髪が短いのも大変にお似合いですよね」

「ええ、本当にね。それにしても、何食べたらあんなにお美しくなれるのかしら……ねえカヤ、翠様に秘訣聴いておいてよ」

「な、無いんじゃないかな、秘訣なんて……」

カヤが苦笑いを零した時だった。

「―――――皆の者。花を手向けてくれた事、感謝する」

翠の澄み切った声が響き、喧噪が一気に静まった。

「今年は秋の祭事が例年よりも遅れてしまった事、そして皆に不安な思いをさせてしまった事、心より申し訳なく思っている。本当にすまなかった」

そう言って翠が頭を垂れた時、周りから息を呑む声が幾つも聞こえた。

国を統べる者は、威厳を保つために普通は民に向かって頭を下げたりなどしないのだ。

にも関わらず潔く謝罪をした翠は、長い間腰を折り続けた後、ようやく頭を上げた。

一糸も揺らぐ事の無い瞳が、その場の民達の顔をしっかりと見据える。

一人一人と眼を合わせ、その思いのたけを余す事なく伝えるように。

「皆も知っての通り、神官としての私の力は失せてしまった。従来のように、もうお告げに頼る事は出来はしない。だが、私はその代わり我が国の自力を強固なものにしていくつもりだ」

あの日以来、もう翠は迷う様子を一切見せなかった。

気持ちが完全に固まったのだろう。
力を持たずとも、この国を治める――――そんな夢に向けて、翠は勢いよく走り出していた。

「圧倒的な国力は、無益な争いを産まないと言う事にも繋がる。私は戦をしたいのではなく、この国を穏やで平和な国にしたいのだ。この国の豊かな自然が、脅かされるような事はあっては成らない。この地を守り続けてきてくれた祖先のためにも、そしてこれから成長していく子供達のためにも」

呼び起こされた焔は、赤々と彼の中で燃え続け、暗闇を取り込んでいく。

翠が持つ本来の輝きは、以前と比べても一層に増していた。

不安が渦巻いていた民の闇をも喰らい、そしてその温かな光で展望を照らす。