「お二人とも、はいこれ」

ナツナが二輪の花を、そっと差し出した。

「あら、ありがと」

「ありがとう、ナツナ」

カヤとユタは礼と共にそれを受け取る。

カヤのは黄色い小ぶりの可愛らしい花で、ユタのは赤い大輪の花だ。

木枯らしに吹かれ、花弁がそよそよと揺れる。

冷たい風だった。季節はもうほとんど冬のようなものだ。
それでも今日の天気は快晴で、透き通った青空をしている。

そんな冬晴れの空の下、秋の祭事は無事に催されていた。



―――――翠が高官達への説得を行った日、彼は迷いに迷っていた秋の祭事を決行する事を決めた。

しかし、力が無くなってしまった翠は、お祈りは行う事が出来ない。

その代わりに彼が考えたものは、例年とは全く違った『お祈り』の方法だった。



「さ、行きましょう。人が多いのでお気を付けて」

「うん」

三人は花を潰さないようにかどうにか人ごみを抜け、連れ立って広場に足を踏み入れた。

春の祭事の時、翠が舞を踊ったあの広場だ。

あの時、人々は広場を囲うようにして群れていたが、今日は違う。

誰しもが広場の中に足を踏み入れていた。

混雑の中、三人ははぐれないようにして前に進んだ。

やがて目の前に地面を埋め尽くすほどの大量の花が置かれている場所が見えてきた。

その中心には一輪の雪中花が、凛と立っている。
朝早くに翠が自らの手で埋めたものだ。

カヤ達はその雪中花の周りに、他の花と同じようにして花を手向けた。



翠一人だけじゃなくて、皆で神様にありがとうって言うのじゃ駄目なのかな―――――と、二人で初めて共に朝を迎えたあの日、カヤが言った言葉を、翠は思った以上に取り計らってくれた。

祈りを翠一人に任せるのでは無く、民達が自分の手で神に祈れるような場を用意したのだ。

花を大量に準備し、それを民一人一人が自ら手向け、祈る。

絶対に無くては成らない、しかし催行は不可能と思えた祭事を、翠は誰も予想していなかった形にして生まれ変わらせた。



三人は手を組み、静かに目を閉じた。

(今年も実りをありがとうございました。お陰で美味しいご飯が食べられました)

いつも翠がそうしてくれていたように、祈りを花に託す。

難しい言葉も分からないし、庶民染みた願いだろうが、きっと感謝する気持ち自体が大切なのだ。


(そうだよね、翠)

カヤの懐には、翠から貰った短剣が入っている。

誰にも言っていない、二人だけが知っている、二人だけの繋がり。

ずしりとしたその重みを感じながら、カヤは翠と一緒にお祈りをしているような気持ちになった。

ゆっくりと瞼を上げれば、真っ白な雪中花の周りを、色とりどりの花々が飾っている。

一輪だけではちっぽけだろうが、こうしてたくさん集まる事によって、何か言葉に出来ない綺麗さがあった。