――――――ぽた、ぽた。
瞼に落ちてきた雫の冷たさで、眼が覚めた。


まどろみから浮上して、ゆっくりと目を開く。

朝露に湿る頬はひんやりとしていたが、身体は心地いい温かさに包まれていた。


目の前には、小さく寝息を立てる翠の赤い唇。

視線を下に辿れば、形の良い顎、華奢な首、そして身体に掛かっている布に隠れているが、翠の腕も足も、カヤに柔く巻き付いていた。

直に触れ合う素肌の、なんと気持ちの良い事か。

堪能するようにその身体に擦り寄ると、翠が小さく息を漏らした。

安らかに閉じられていた瞼が、ゆるゆると押し上げられる。

ぼんやりとした瞳がカヤを見止めて、のんびりと瞬きを繰り返した。

「……ああ、カヤ……おはよう。まだ夢でも見てるのかと思った」

緩んだ眼尻に当てられて、カヤも微笑む。
本当に、まるで夢のような朝だった。

「へへ、おはよ」

嬉しくて照れくさくて、はにかみながら挨拶を交わす。

すると翠はなぜだか、ふ、と笑って、ごそごそと布から腕を出してきた。

「髪飾りみたいになってる」

そう言って翠が髪から取ってくれたのは、赤く色付いたもみじの葉だった。

眠っているうちに髪に落ちてきたようだ。

少し身体を起こして周りを見ると、昨夜は暗くて気が付かなかったが、地面一面が色とりどりの葉に覆われていた。

朝露に濡れた無数の葉が、朝日を浴びてキラキラと光っている。

その輝きは、朝の空気が持つ独特の透明さを、はっきりと輪郭付けていた。

「綺麗だな」

「うん!本当に!」

肘を付きながら夢中で辺りを見回していると、伸びてきた腕に身体を絡めとられ、また布の中に引き込まれた。

どうやら布の隙間から空気が入り込んで、寒かったらしい。

翠は後ろからカヤを抱き締めながら「はー……あったかい」と寛いだように息を吐く。

「冬になったら毎日こうやって眠れると良いのにな」

「……冬だけ?」

「ごめん、冗談。毎日だ」

くすくすと笑い合って、それからカヤは身体の前に回っている翠の腕をぎゅっと抱く。


二人は言葉を交わすことなく、しばらくそのまま眺めていた。

なかなか味わえないであろう美しい朝の訪れを、ただひたすらに。


(……今年の紅葉は、これで見納めかな)

きっとすぐに、研ぎ澄まされた冬の空気が訪れるに違いない。

寒いのは承知だろうが、それも良い、と思えた。

冬の先に麗らかな春がある。それが待ち遠しいのは、季節が順当に巡るからだ。


「……ねえ、翠」

「ん?」

ほんの耳元で翠の優しい声がする。

「秋の祭事のこと、まだ迷ってるんだよね?」

身体に巻き付いていた腕が、ほんの少しだけ強張ったのを感じた。