【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「このままでは貴方様は後悔なさる!悔いて悔いて悔い尽くして、一生幸福になどはなれませぬ!私には分かるのです!」

言葉を失い立ち尽くす翠に、タケルの言葉が残酷に、しかし何よりも柔和に突き刺さる。

「私は貴方様に幸せに生きて欲しいのです!そのためなら私は鬼にでも修羅にでもなりましょう!ですから、どうかっ……」

タケルが勢いよく床に額を擦り付けた。


「どうか後生です、兄上!」


――――兄上、と。

その呼称には、カヤが到底計り知れない気持ちの密度のようなものがあった。

翠とカヤが築いてきたものとは、比べ物にならない。
絆と呼ぶのであろう何か。


そんな弟からの涙ながらの訴えは、翠を動揺させるには十分すぎた。

「タケル……」

ふらりと足元が揺れ、その背中が頼りなく壁にぶつかる。
翠は全身から力が抜けてしまったかのように、ずるずるとその場に座り込んでしまった。

「……お、れは……」

耐え切れなくなったように、翠が両手で顔を覆う。

くぐもった声は揺れていて、それを耳にしたタケルの慟哭が、感化されたように激しさを増した。



涙が溢れてどうしようもなかった。

ぽっかりとした虚ろな穴が身体の中心で口を開けていた。

それぞれの人間が望みを抱き、しかしそれら全てが成就する事は永遠に無い。

どれかを選べば、誰かが絶望に打ちひしがれるだろう。そうして負は連鎖する。

それが分かったから、その喪失感にただただ項垂れるしか無かった。



「……タケル様」

やがてカヤは口を開いた。
泣きすぎたためか、声が擦れていた。

「どうか、今しばらく翠様と二人きりにさせて頂けませんか」

タケルが顔を上げた。
涙でずぶ濡れになった顔が、戸惑いを映す。

「お願いします」

ぐっと嗚咽を呑みこんで、もう一度はっきりと言った。
タケルはゆっくりと頷いてくれた。

それを確認したカヤは壁に背中を凭れさせている翠の所まで歩み、その腕を取った。

「翠。部屋に戻ろう」

ゆっくりと頷き立ち上がった翠の手を引き、二人は歩き出した。