【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「……っだから……何度も言ってるだろう!俺はっ……」

「何もカヤと離れろとは言っておりません!」

叫びかけた翠の言葉を、タケルが勢いよく遮った。

「あくまで形式上で良いのです!他の者を妻として娶り、次の神官を成して下さい!確かにカヤは正妻にはなれないでしょうが、一生貴方の寵愛を受ける事が出来るのですぞ!」


あの一瞬、心に湧いた安堵感だとか、幸福感だとか、そう言ったものが全て消え失せた。

(タケル様が言いたいのは、つまり……)

翠が誰かと子を成すのを、黙って横で見ていろと言う事だった。



「……それで、カヤには一生日陰に居続けろと?そう言ってるのか?」

翠の拳が、わなわなと震えていた。
握り込む力があまりにも強く、真っ白な肌が桜色に色付いている。

「お前、それがカヤにとってどれだけ惨い事か分かっているのか!」

「ええ!分かって申し上げております!」

半ば自棄気味にタケルが怒鳴った。

「っ……分かって、おりますとも……」

ほんの軽く押せば、呆気なく崩れ落ちてしまいそうな声だった。

翠を見上げるタケルの瞳から、ボロボロと大粒の涙が滴り落ちていく。

それを眼にし、翠が息を呑んだ。


「ただ私より早く御生まれになったからと言う理由だけで、私は貴方に全ての重荷を背負わせ、そして多くの事を犠牲にさせてしまいましたっ……男として生きる、という当たり前のことでさえ!」

幼き頃に両親を亡くし、本当の自分を捨て、この国を一身に背負ってきた翠。

そして常に傍でそれを支え続けてきたタケル。


「それでも一切弱音を吐かない貴方様が、心配で心配で、そして大切で仕方が無いのです!そんな貴方様がここまで望まれている事でございます!出来るならば叶えて差し上げたいに決まっているでしょう!」

二人はきっと、カヤには想像も付かない程の荒波に揉まれてきたのだろう。

そんな中でも翠はきっと凛と立っていたに違いない。
タケルに心配かけまいと、苦痛をひた隠しにして。

それに気付いていながらも、翠の重圧を肩代わりできないタケルの歯痒さが痛いほどに分かり、胸が引き裂かれそうになった。


「しかし本当にこれは貴方様の望みなのですか!?」

タケルが悲痛な声面持ちで訴えた。

「望み……?」

翠の声が初めて動揺した。

「そうです!」とタケルは言う。


「貴方が幼き頃より追い続けた本当の望みは、違うのではないですか!?」


タケルの懇親の叫びに、翠が雷に打たれたような表情をした。

「俺の……俺の望みは……」

錆び付いたような声が、翠の唇から漏れる。


(翠の本当の望み……)

ああ、なんて事だろう。
眼が眩んでいたのは翠とカヤだったのだ。

タケルだけが。
翠の一番近くに在り続けたタケルだけが、その本質を見誤っていなかった。



「……民の幸福」

―――――翠の全て。翠を形作ってきた、そのものを。