【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「ぐ、うっ……」

タケルの眼球が緊張したように眼下の刃を見下ろす。
どう見ても勝負は付いていた。

それなのに翠は刃を退ける事無く、更にぐっと皮膚に押し当てる。

「……お前、カヤに刃を向けたのは、俺に殺されても良いと覚悟が出来た上での事だろうな?」

心臓に冷水を浴びせかけられたようだった。

何度か見たことがあるけれど、出来れば見たくない眼だった。
沸々と激高している時の翠の眼。恐ろしいほどの冷酷さを垣間見る時の、それ。


「……す、翠……」

声が出た。
錆び付いていた喉から、彼を止めようとする情けない声が。

翠はこちらを見なかった。
ただ、小さくではあるが、その肩がぴくりと反応したのが見えた。

「やめて、お願い、翠……駄目だよ……」

一度出すと、止め処なく声は出続ける。
そうしたら流す事を忘れていた涙も出てきた。

ようやく翠の瞳が、ゆるりとこちらを見やる。
ぽた、ぽた、と顎を伝って床に落下していく雫を、綺麗な双眸は眺めていた。


翠は睫毛を伏せると、長い息を吐いた。


「……良いかタケル」

次に翠が言葉を発した時、その声色にはほんの僅かに人間らしさが戻っていた。

「お前は以前、俺の意志は一切関係ないと言ってのけたが、俺は俺の意志を曲げるつもりは無い。俺は傍らにカヤしか望まない」

混沌としていた頭に、翠の声が穏やかさを纏って入り込んできた。
たおやかな声が、何もかも純化していく。


「もしもカヤが黄泉の国に生きる事になったとしたなら、俺は現世を捨てるまでだ」


翠の眼差しは、その意志が未来永劫に揺らがないだろうと悟らせた。


「す、い……様……」

ガクン――――と、タケルがその場に崩れ落ちた。

絶望したように、諦めたように肩を落として。
床に付いている手は小刻みに震えていた。

翠は静かに剣を鞘に収めた。
タケルの戦意が喪失したのは、明らかだった。


「……すまなかった、カヤ……どうかしていた……」

がっくりと項垂れたまま、やがてタケルが絞り出すように言った。

そして消え入りそうな声のまま言葉を続ける。

「……翠様、貴方のお気持ちは良く分かりました。それならばカヤを想い続けると良いでしょう」

聞き間違いだと、そう思ってしまった。
それはタケルが、翠とカヤの仲を認めたようなものだったからだ。

黙りこくる翠とカヤの目の前で、俯いていたタケルの頭がゆっくりと持ち上がる。
青ざめた顔が、縋るように翠を見上げた。

「カヤを想い続けながら、そして違う者と添い遂げて下さい」

残酷な訴えに、翠は一瞬言葉を失わせた。