【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「くっ……」

斬撃を止められたタケルが、歯噛みしながら一歩下がり、翠から距離を取った。

二人は刃を構えながら、じりじりと睨み合う。

手の中の剣は練習用の木刀でも何でも無い。人間を確実に殺せてしまう紛れない真剣だ。

その切っ先を、この兄弟は互いに向け合っていた。


「カヤ、逃げろ!遠くへ行け!」

翠が振り返る事なくそう怒鳴ったのが聞こえた。

しかし足が動かない。
その場に根が生えたように突っ立つ事しか出来なかった。


嗚呼、頭がくらくらする。

鈍色の凶器がギラギラと光を放って、眩しくてどうしようもない。

目の前の光景が夢でも幻でも何でも無いと認めざるを得なかった。


(タケル様が……私を……)

―――――殺そうとした。

一瞬で、私の人生のすべてを終わらせようとした。



はっきりと認識した瞬間、膝から力が抜けて、その場に座り込んでしまった。

全身が大きく震えて、もうどうすればその震えが止まるのか、到底分からなかった。


翠は目の前のタケルに注意を向けたまま、横目でカヤを振り返り叫ぶ。

「立て、カヤ!頼むから逃げてくれ!」

分かっている。逃げなければいけない事は心底理解していた。

けれど無理だった。
言葉を発する事も出来ないのに、立ち上がって走るだなんて事、出来なかった。


カヤが動けないと悟ると、翠は眉を歪めて再び前を向き直った。

「タケル、刃を退け!自分が何をしようとしているのか分かってるのか!」

「ええ、分かっておりますとも!」

しかしタケルは後退するどころか、翠へと二歩距離を詰めた。

翠もまた静かに歩を進め、二人の切っ先がことさらに近づく。

互いの剣先が牽制し合うように、時折触れてはまた離れを繰り返す。

ピンと張り詰めた空気の中、二人ともじっと互いの出方を窺っているようにも見えた。

やがて、瞬き一つせずに翠を凝視していたタケルが、口を開いた。

「翠様、どうかそこをお退き下さい。貴方は修羅の道に足を踏み入れようとしておられる!」

「愚か者!とっくにお前の方が修羅に堕ちているだろうが!」

翠が鋭く言い放った後の、ほんの一瞬だった。

ぐるん、と円を書く様に翠の小手先が回ったかと思うと、タケルの刃が手から離れ、頭上に跳ねあがった。

回転しながら宙を舞った剣は、ガシャンッ――――!と重たい音を立てて、床に叩きつけられる。

息を呑んだ。

信じ難いことに、翠の剣がタケルの剣を巻き上げた。
そんな技を見たことが無かった。

そしてそれはカヤだけでは無かったらしい。

「なっ……!」

唖然として落下した剣を見やったタケルの首筋に、

「動くな」

ピタリと翠の切っ先が当てられた。