【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

カヤが振り返ると、翠はそこに居た。

腕を組みながら悠然と立つ翠の眼は、カヤを通り越してタケルを見据えている。



「す、翠様……眠っておられたのでは……」

タケルが驚愕したように一歩後ずさった。

「お前は本当に声が大きいな。あれだけ叫ばれればさすがに眼が覚める」

翠は呆れたように、ふっ、と笑った。

その表情を見て、翠は今の会話を聞いていなかったのかもしれない、と思った。

――――しかし、そんなはずも無かった。

次の瞬間には、翠の顔から表情が消え失せた。

「……お陰で全て聴こえた。お前はいつからそんな姑息な真似するようになった?」

打って変わった地を這う低い声。

静かに激怒している眼差しが、タケルを冷たく射殺そうとする。

それを向けられていないカヤでさえ、瞬きする事すら出来なかった。



「……貴方様のためを思っての事です」

「その気遣いは不要だ」

擦れた声で言ったタケルの言葉を、翠はばさりと切り捨てた。

「タケル。何度も言っただろう。俺はカヤを手放す気は無い」

ゆるゆると翠に眼を向けると、ぱちりと眼が合った。

視線を交えた瞬間、緩く下げられた眼尻を見止めてしまって、喉の奥が痛くなる。

こんな時なのに、どうしても嬉しさを感じてしまった自分が憎かった。

翠はすぐにカヤから視線を外すと、真っ直ぐにタケルを見据えた。

「だからお願いだ。こんな事はしないでくれ」


翠がきっぱりと言い切ったすぐ後だった。


カチャン―――――と、それは鯉口を切る音。


「……カヤが死ねば変わりますか」

タケルの方からそんな声が聴こえてきて、一瞬別の誰かが廊下の角に隠れでもしているのかと思ってしまった。

だって、ありえなかった。

そんな恐ろしい事を、よもやタケルが言うはずが――――


「ッカヤ!」

ガギィンッ――――!と、耳元で鳴った音があまりにも大きくて、一瞬目の前がチカチカと点滅した。

何が起きたのか全く分からなかった。

反射的に身を竦めていたカヤは、恐る恐ると顔を上げ、眼を疑った。


「あ……」

目の前では、二本の刃が交差していた。

翠がカヤを庇うようにして立ち塞がり、そしてその翠と刃を交えているのは――――


「っ、ふ、ざけるなタケルッ……なんの……つもりだ……!」

刃を受け止めたままの翠が、震える言葉を吐き出した。

触れ合う刃が力と力に押され、カタカタと小刻みに揺れている。