「……分かった」
そう言って溜息を付いたタケルに、カヤは胸を撫で下ろした。
「カヤ、少し話しをしても良いか」
暗い表情でそう言われ、良い話では無いことは分かった。
「分かりました」
カヤもまた、落ち込みながら頷く。
二人は翠を起こさないように、少し部屋から離れた場所に移動した。
「伊万里の件は、すまなかった」
廊下で向かい合って立ちながら、まずはそんな事を言われた。
「いいえ、謝って頂く理由がございません」
本心だった。
カヤにはそんな価値が無い。
「それから……折り入って頼みがある……」
タケルは眼を伏せたまま、酷く言いづらそうにそう呟いた。
カヤは黙って『頼み』とやらが何なのかを待った。
しかしタケルは唇を真一文字に結んだまま、なかなか口を開かない。
「……あの、なんでしょうか」
痺れを切らしたカヤが促すと、タケルはようやく意を決したように顔を上げた。
「世話役の任を降りてはくれぬか」
それは、どこかで予想していた科白だった。
「今ならまだ伊万里を引き戻せるやもしれぬ。そのためには、その……そなたが翠様のお近くに居ない方が、都合が良いのだ」
はっきり『邪魔』だと言われた方が楽だった。
伊万里と言い、タケルと言い、どうしてカヤにもっと真っすぐ悪意をぶつけてくれないのだろうか。
そうすれば心が酷く傷付いて、衝動的に逃げ出せるかもしれないのに。
「……もしも私が任を降りたとして、翠様にはなんとご説明をされるのですか」
口から吐き出されてきた言葉は、驚くほどに固いものだった。
自分が怒っているのか傷付いているのか、はたまた何も感じていないのか、もう良く分からない。
「……本当に手前勝手な事を言うが、カヤの意志で任を降りたという事にして欲しい。そうすれば翠様もご納得されるだろう」
振り絞るようにそう言ったタケルは、馬鹿みたいに突っ立っていたカヤの肩を、いきなり鷲掴んだ。
「勿論、今後カヤが生活に困らぬように次の勤め先も責任を持って探そう!一生を掛けてそなたの衣食住を保障する!だから、どうか頼む!」
激しく肩を揺さぶり、必死の面持ちで懇願するタケルから、眼を反らしてしまった。
歪められた眉を、泣きそうに下がる眼尻を、見ていられなかった。
これ以上その慟哭を眼にすれば、それを無視することに耐え切れなくなると分かってしまったから。
「頼む、カヤ!そなたから離れさえすれば、きっと……いや、必ずや翠様は正しい道を歩んで下さるのだ……!」
「――――それはどうだろうな」
背後から聞こえてきた声に、息が止まった。
そう言って溜息を付いたタケルに、カヤは胸を撫で下ろした。
「カヤ、少し話しをしても良いか」
暗い表情でそう言われ、良い話では無いことは分かった。
「分かりました」
カヤもまた、落ち込みながら頷く。
二人は翠を起こさないように、少し部屋から離れた場所に移動した。
「伊万里の件は、すまなかった」
廊下で向かい合って立ちながら、まずはそんな事を言われた。
「いいえ、謝って頂く理由がございません」
本心だった。
カヤにはそんな価値が無い。
「それから……折り入って頼みがある……」
タケルは眼を伏せたまま、酷く言いづらそうにそう呟いた。
カヤは黙って『頼み』とやらが何なのかを待った。
しかしタケルは唇を真一文字に結んだまま、なかなか口を開かない。
「……あの、なんでしょうか」
痺れを切らしたカヤが促すと、タケルはようやく意を決したように顔を上げた。
「世話役の任を降りてはくれぬか」
それは、どこかで予想していた科白だった。
「今ならまだ伊万里を引き戻せるやもしれぬ。そのためには、その……そなたが翠様のお近くに居ない方が、都合が良いのだ」
はっきり『邪魔』だと言われた方が楽だった。
伊万里と言い、タケルと言い、どうしてカヤにもっと真っすぐ悪意をぶつけてくれないのだろうか。
そうすれば心が酷く傷付いて、衝動的に逃げ出せるかもしれないのに。
「……もしも私が任を降りたとして、翠様にはなんとご説明をされるのですか」
口から吐き出されてきた言葉は、驚くほどに固いものだった。
自分が怒っているのか傷付いているのか、はたまた何も感じていないのか、もう良く分からない。
「……本当に手前勝手な事を言うが、カヤの意志で任を降りたという事にして欲しい。そうすれば翠様もご納得されるだろう」
振り絞るようにそう言ったタケルは、馬鹿みたいに突っ立っていたカヤの肩を、いきなり鷲掴んだ。
「勿論、今後カヤが生活に困らぬように次の勤め先も責任を持って探そう!一生を掛けてそなたの衣食住を保障する!だから、どうか頼む!」
激しく肩を揺さぶり、必死の面持ちで懇願するタケルから、眼を反らしてしまった。
歪められた眉を、泣きそうに下がる眼尻を、見ていられなかった。
これ以上その慟哭を眼にすれば、それを無視することに耐え切れなくなると分かってしまったから。
「頼む、カヤ!そなたから離れさえすれば、きっと……いや、必ずや翠様は正しい道を歩んで下さるのだ……!」
「――――それはどうだろうな」
背後から聞こえてきた声に、息が止まった。
