【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

(どれだけ気を張ってたんだろう)

あまり弱っている姿を見せたがらない翠が、あんな縋りつくような声を出して抱き締めてくるなんて。

もしかすると、身体よりも心の方がずっと疲れているのかもしれない――――安らかに眠る翠の横顔を見ながら、そう思った。

同時に恐ろしいほど悲しくなった。

(……私のせいで……)

否、翠だけでは無い。

カヤが顔も名前も知らない人達さえも、明日の知れない未来に不安を抱えている。

様々な出来事が複雑に絡みあった結果とは言え、今のこの状況の出発地点には自分が立っているような気がしてならなかった。


『お前はこの国をいつか壊す』

膳に突き付けられたそんな言葉が、酷く痛い。


(膳の言う事は正しかったのかもしれない)

だって私と言う存在は、確かにこの国の崩壊を招いている。





―――――……ドス、ドス、と言う地響きのような足音が遠くから聞こえてきた。

カヤはハッとして顔を上げた。

聴きなれた足音だ。
タケルがこの部屋に向かってきているに違いない。


まだ翠を寝かせておいてあげたい。

そう思ったカヤは、翠の頭をそっと床に下ろすと、忍び足かつ早足で部屋を出た。

カヤが廊下に出た瞬間、丁度タケルが角を曲がってきた。

眉毛は大きくつり上がり、顔は真っ赤だ。
彼は明らかに激怒していた。


「タケル様っ……?どうされたのですか?」

「翠様が伊万里の件を断ったらしい!私に相談も無しにっ……翠様はおられるか?いい加減、一言申し上げなければ!」

なんと、翠は独断で伊万里の事を決めたらしい。
確かにそんなのタケルが激怒するに決まっている。

しかし翠の気持ちも分かった。

タケルに相談したところで話しは全く進まないのは火を見るより明らかだ。

そんな事を考えている間にも、タケルは憤った表情のまま部屋に押し入ろうとした。

非常にまずい。
今二人の顔を合わせてしまっては血を見る事になってしまう。


「お、お待ちください!翠様は今眠っていらっしゃいます!」

カヤは必死に部屋の入口を通せんぼした。

筋肉隆々なタケルに対しては全くの無駄だとは分かっている。

案の定タケルは全く意に介さずに、カヤの肩を押しのけようとしてきた。

「退くのだカヤ!」

「いいえ退きません!お願いします、翠様は大変お疲れのご様子でしたっ……どうかこのまま少しだけでもお休みさせて差し上げて下さい!」

足を踏ん張りながら必死にお願いをするとタケルは、ぐっ、と口籠る様子を見せた。

タケルの中にあった怒りよりも、翠を心配する気持ちの方が勝ったらしい。