【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「……翠……」

気が緩んで泣きそうになるのを堪えながら、翠の肩口に顔を埋めた。

鼻孔を満たす甘い香りが、翠の腕の中に居るのだと、全身に知らしめてくれる。


「もう少しこのままで居ても良いか……?」

甘えるように言われてしまえば、もう拒否する事なんて出来やしない。

それにカヤはきっと、翠以上に離れたくないと願っていた。

「うん……でも取りあえず部屋にだけは入ろう……?」

廊下で抱き合っているのはさすがによろしくは無いと思える程度には理性が残っていた。

翠は素直に頷くと、カヤの手を引いて部屋の中に招き入れる。

当たり前だが、翠の部屋は何も変わっていなかった。


(三日ぶりなのに、久しぶりな気がする)

そんな事を考えていると、後ろから翠の腕が身体に巻き付いてきた。

途端に、ずしっと背中に重みが圧しかかって来る。

「わ、わ、」

背中に覆いかぶされるようにして抱き込まれ、重みに耐えきれなかった膝が、がくん、と折れた。

二人で縺れるようにして床に座り込む。
カヤは腕の中で身を捩り、どうにかこうにか翠と向き合った。

「翠……?どうしたの……?」

翠は何も言わなかった。

ただカヤを両足の間に挟み、ひたすらに身体中で閉じ込めるだけ。


(疲れてるのかな……)

翠が此処まで自分本意に抱き締めてくるなんて、とても珍しい。

何か心に余裕が無いように見えた。

カヤは翠の背中に手を回すと、そっと撫でた。

「翠、大丈夫だよ。ずっとこうしてるから」

優しく声を掛けると、カヤの肩に埋もれていた翠の頭が僅かに頷く仕草を見せた。



いつの間にやら出てきた太陽で、外は明るく照らされていた。

朝の訪れを告げる鳥達の声が、窓から静かに入り込んでくる。

透明な朝の光が満ちる部屋の中、カヤはゆっくりと呼吸をした。

穏やかだった。
空気の冷たささえ、翠から伝わってくる温かさと相まって、気持ちが良い。

一度も休む事なく、しなやかな背中を撫で続けていたカヤだったが、ふと手を止めた。

すうすうと、翠から小さな寝息が聞こえてきていたのだ。


「……翠?」

そっと呼びかけると、真横にあった瞼がゆるりと開いた。

「……ん……ああ、ごめん。寝てた……」

ふわふわとした気だるげな声。

そう言えば、伊万里は一晩かけて翠に説得されたと言っていた。

きっと今日は一睡もしていないのだろう。

「翠、少し眠って?」

「うん……膝、貸してくれるか……?」

「勿論だよ。だからほら、横になって」

翠の肩を優しく押すと、彼は抵抗する事も無くカヤの膝の上に倒れ込み、すぐにまた寝息を立て始めた。

よっぽど眠かったらしい。

この様子では今日だけでは無く、何日もまともに寝ていなさそうだ。