【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「じゃあさ、どうすれば変じゃなくなると思う?」

笑い終わったコウが、続けざまに質問してきた。

「うーん……翠様がどうにかするしか無いと思うけど……」

「どうにかって?」

なんだかやたら突っ込んでくるコウに戸惑いつつも、カヤは無い頭で考えた。

「……この国の事に翠様が気付けないなら、誰かが気付かせなくちゃ駄目だと思う。あのままじゃ、あの人は一生村人の本音になんて気付けない」

皆、翠様が現れただけで条件反射のように地面に膝を付き、声も出さない。

翠様から見える景色はどんなものなのか。
きっと、頭を垂れる民達の慄くつむじしか見えないんだろう。

守るべき民の眼も見えず、声も聴けず。
下手すればその孤独は、カヤが思うよりもずっと濃く深いのかもしれない。

「翠様には、良い事も悪い事もぶつけてくるような存在の人が必要なんじゃないかな。あの様子だと、きっと今は居なさそうだし」

カヤに道しるべのような言葉を落としていったあの女性を思い浮かべる。

正体不明のカヤを民の一員としてくれたあの人を、正直なところ極悪人とは思ってはいなかった。

ミナトやナツナの様子から、本当に慕われている事も分かる。
そんな翠様が独りなのは、きっと良い事じゃない。


「だからまずは胡散臭い占いなんかに励むよりも、生身の人間に眼を向けるべきだと思う、ん……だよね……」

そこでカヤの言葉は、尻すぼみになって消えて行った。

なぜならコウが、穴が開くほどカヤを見つめていたからだ。
いや、正しくは布で目元が隠れているため、見つめているように思えた、だ。


「な、なに?なんか怒ってる?」

思わず肘を付いて、体を半分起こしかける。
焦りながら問いかけると、コウは「いや、違う」と首を振った。

「良く喋るから、驚いて」

からかうように言われ、カヤは自分の頬が赤くなるのを感じた。

「だ、だから、これが普通なんだってば……!」

「はは、悪い悪い」

「聞かれたから答えただけなのに……」

ぶつぶつと言いながら、カヤは再び寝転がった。
少し腹が立ったから、コウに背中を向けて。

背中の後ろ側で、コウは何か考えて込んでいるようだ。
その様子が何故だか気にかかり、カヤは自分の怒りがするすると引いていくのを感じた。

しばらくすると、コウが再び口を開いた。

「カヤの国はどんな国だったんだ?この国と違って民は皆幸せそうだったのか?」

カヤは、コウが話しかけてきてくれたのを良い事に、ころんと体制を戻した。
再び目の前に満天の星空が現れる。


(あ、三日月)

鋭利なそれが怖くて、カヤは瞼を閉じた。


「……普通の民からすると、割と良い国だったんじゃないかな」

そう答えると、コウが感心したような声を上げた。

「へえ、凄いな。治める者が優秀だったんだな」

「優秀っていうか……まあ、少なくとも貧富の差はこの国ほどでは無かったよ」

「そうか。良い国に産まれて良かったな」

その声が憂いを含んでいて、カヤは思わず瞼を開けてコウを見やった。

しかしそこにはもうコウの顔は無かった。
彼は、いつの間にか身体を起こしていた。