(私が居たら都合が悪いみたいな……)

そして唐突に気が付いた。

この子が来るから、カヤは今日、暇日を与えられたのだと。



「あら。そうでございますの?」

残念そうに眉を下げる伊万里の気分を害さないような優しい口調で、翠は続ける。

「伊万里はあまり身体が丈夫では無いと桂から聞いている。世話役の任は時に体力が要るのだよ。大事なご息女を酷使してしまっては私が桂に叱咤を受けてしまう」

「まあ、お気遣い頂きありがとうございます。けれど大丈夫でございますわ。最近あまり体調を崩さないのでございますよ」

ふふ、と伊万里がお茶目な笑みを翠に向ける。


その屈託のない笑みを見て、嗚呼、この子は誰からも愛されて育ったのだろうと分かった。

そうでなければ、こんな、世界中が味方だと信じて疑わないような笑顔は零せない。


(まっさらなんだ、この子は。怖いくらい)

この少女は、今までも、そしてこれからも多くの人間に愛されるだろう。

相応しい、と思わざるを得なかった。
彼女は、翠と並ぶに値する純粋さを持ち合わせていた。



「さあ、伊万里。せっかく翠様にお見送り頂いているのだからお待たせしては申し訳無い。そろそろ帰ろう」

桂の言葉に、伊万里は「はい」と朗らかに頷いた。
帰り際、彼女はカヤに対して深々と頭を下げた。

「それでは御機嫌よう、カヤ様。今後ともよろしくお願いいたします」

恐縮してしまうほどに丁寧な少女だった。

こんなカヤに向かって、ここまで素直に頭を垂れてくれるとは、驚きしか無い。

育ちが良さそうでも、カヤを躊躇なく見下す人は、この国で幾らでも見てきた。

そう思うと、きっと伊万里は、本当に性根が良いのだろう。



「ええ、こちらこそ。私も若輩者ですので、あまりお教え出来る事は無いかと存じますが、どうぞよろしくお願い致します」

過剰に丁寧な言葉を吐き、カヤも頭を下げる。
身体の前で組んでいた両手は、変に力が籠っていた。

次に顔を上げた時、視界に入ってきた伊万里は嬉しそうにはにかんでいて、そしてその背後では翠とタケルが得も言えぬ表情でカヤを見つめていた。

ようやく二人の目線がこちらを向いたと言うのに、カヤはもう頑としてそちらに視線を送る事は無かった。



やがて四人が去って行き姿見えなくなった頃、ミナトが感心したように呟いた。

「あの伊万里とか言う娘、わざわざ翠様にお見送りされるとは凄いな。さすがは桂様の息女って所か」

「……桂様はそんなに凄いお方なの?」

「そりゃあな。高官達の中で一番発言力があるのはあの人だな。審議の時もそんな感じしただろ?」

確かに思い返せば、桂は他の高官達から意見を求められる立場に居た。

あれだけ口やかましかった高官達が、桂の発言の時は嘘のように押し黙っていたのが良い証拠だろう。

――――しかし、何故そんな桂の娘が翠の世話役に?