その日、カヤはタケルから突然の暇日を与えられていた。
「よし、止めだ!」
ミナトの掛け声と共に、カヤはピタリと動きを止める。
二人は屋敷の敷地内にある広場で、今日も稽古に励んでいた。
「良いじゃねえか。最近、目に見えて上達し出したな」
「本当!?やった!」
「ま、強いかと言われると弱いけどな」
「えー……上げてから落とすの止めてよ」
そんな軽口を叩き、カヤは空を見上げて一息付いた。
西の空が真っ赤だ。
久しぶりのお休みだったが、稽古でほぼ一日潰れてしまった。
今朝方、翠の部屋に辿り着く前にタケルに呼び止められたカヤは「今日は休め」と言い渡されていた。
いきなり暇になってしまい、どうしたものかと思っていたのだが、なんとミナトもたまたま非番だったらしい。
忙しい彼は、カヤ以上に久しぶりの休みだったそうだが、それでもこうしてカヤの稽古に付き合ってくれた。本当に感謝しかない。
「それにしても、何でいきなり休みになったんだ?」
帰り支度を終え、二人並んで帰路に着いている最中、ミナトがそう尋ねてきた。
「さあ、なんでだろうね。特にタケル様には理由は言われなかったけど」
「ふーん……って、噂をすればタケル様だぞ」
「え?」
ミナトの言葉に足を止める。
黄昏の中、あちらから四つの影がこちらに近づいてきていた。
確かにその内の一人は、どう見てもタケルだ。熊のような図体がそれを示している。
その隣を優雅に歩く細身の影は翠だろう、と一瞬で分かった。
そして残りの二人は――――
「……桂様と……誰だ、あの娘」
隣のミナトが怪訝そうに言った。
二人のうち一人はカヤにも見覚えがあった。
立派な顎鬚と仙人眉が特徴の、桂と言う高官だ。
ミナトと盗み聞きした審議の時、翠に『治世よりも婿を取れ』と進言した爺でもある。
そしてそんな桂の隣には、若い少女の姿があった。
カヤと同じくらいか、もう少しだけ年下に見える。
品の良い衣を身に付け、すっと背筋が伸びた、育ちの良い印象を受けた。
遠目からでも可憐さを感じさせる佇まいだ。
やがて一行との距離が近づいた時、真っ先にこちらに気が付いたのは翠だった。
カヤとミナトの姿を捉えた瞬間彼は、あ、と言ったような表情をした。
(え、何その表情)
それは翠にとって何が不都合がある、と言っているようなものだった。
翠とほぼ同時に、残りの三人もカヤ達の存在に気が付いたらしい。
すると、例の少女が一言、二言ほど桂に向かって何かを言った。
そして次の瞬間には小走りでこちらに向かってきたため、カヤもミナトも驚いてしまった。