と、まあ、そう言った事情を知っているため、カヤはその書簡が無駄に終わるとしか思えなかったのだが。

「いや、違う。私からだ」

どうやら今回に限っては違うらしい。

だったらタケル本人が渡せば良い気もするのだが、不思議な話だ。

とは言え最近の翠とタケルの様子を見れば、それも納得かもしれない。


『―――――貴方様の意志は一切関係ございません。例えそれがいくら強かろうとです』

数日前にタケルが言い放った言葉は、翠の触れてはいけない所に触れてしまったらしい。

無理もないな、とは思った。

それは翠が常々大事にしている信念を真向から否定したようなものだからだ。

ともかく恐らくはそれが原因で、翠はタケルに素っ気なかった。

その不穏な空気を感じ取り、タケルもまた翠に対して何処か余所余所しい態度で接していた。

あの頑固な翠の事だ。

確かにタケルがこの書簡を直接渡そうとしても、素直には受け取らないかもしれない。

そう考えたカヤは「それなら」と書簡を預かることにした。

「必ずや目をお通しするように伝えてほしい」

「分かりました」

「それから、そのー……一人の時にご覧になって欲しい、とも伝えてほしい」

添えられた言葉の違和感に、カヤはすぐ気が付いた。

「一人の時にですか?」

「うむ」と頷くタケルの視線は、カヤを向いてはいない。

何故だか、頑なに斜め左下を見ている。
そんな所にあるのは、ただの板張りの廊下だけなのに。

高官達からでは無く、タケルからの書簡で、しかも一人の時に――――つまりカヤの居ない時に見て欲しい、と。


(……ああ、そういう事か)

悟ってしまった。


「成程。"婿候補"では無く"嫁候補"ですね」

カヤの指摘は的を射ていたらしい。

「……すまぬ」

至極申し訳なさそうな顔でタケルが謝った。
されない否定は肯定を表していた。


翠が、己の信念と高官達の意見との間で板挟みになっているのと同じように、タケルもまた現実と頑固な翠との間で板挟みになっている事を、カヤは理解していた。

そして元を辿れば全ての原因が自分に在る事にも。



「いえいえ、謝られる理由が分かりません」

にこにこと朗らかにそう返し、カヤはタケルに頭を下げた。

「ひとまず承知いたしました。翠様には必ず見て頂くようにします」

丁寧にそう述べて、受け取った書簡を手に翠の部屋へと向かった。