「しかし力の無い者が神官に在り続けるわけには……」

「だからと言って、翠様の他に力を持つ者は居ませんぞ」

「どうにか次の神官の誕生まで持ちこたえる事は出来ないものか」

「何年掛かると思っている。それにもう、秋の祭事が控えているのですぞ」


部屋の中には確かに不穏な空気が漂い始めていた。

会話を聞く限りだと、どうやら高官達は二つに分かれているようだった。


『翠の退任派』と『翠の続投派』の意見がぶつかり合い、徐々にざわめきが大きくなってきた頃――――


「桂殿はどうお思いか」

一人の高官が、桂にそう声を掛けた。



桂は、翠に『何故内密にしていたのか』と言う質問をして以来、腕を組みずっと黙っていた。

その途端、あれほど煩かった高官達がピタリと口を閉じ、桂に注目をする。


「……まずは翠様のお考えをお伺いいたしましょうか?」

意見を求められた桂が、逆に翠に意見を求めた。
今度は高官達が、桂から翠へと視線を移す。

彼は背筋を真っすぐ伸ばし、しっかりとした口調で答えた。

「いつかは神官の立場から退かねばならないだろう。だがそれは、今では無いと思っている。ひとまずは混乱を避けるため、しばらくは引き続き占い以外の公務を行っていきたい」

「ふむ」と、桂はゆっくりと頷き、口を開いた。

「それでは次に私の意見を述べさせていただきますが……まあ現実的に考るとすれば、翠様には一刻も早くお世継ぎを産んで頂くのが最善でしょうな」

翠は一瞬だけ目を細めると、僅かにだが頷く動作を見せた。

「……いつかは、そうなるであろうな」

どこか歯切れの悪い翠の調子を、桂は敏感に感じ取ったらしい。

決して優しくはなかった眼光が、鋭く尖った。

「"いつかは"ではなく、"今すぐ"でございます。正直、今の貴女様の最大のお役目は治世ではなく婿取りでございますぞ」

そうだ、そうだ、と他の高官達の野次が飛ぶ中、翠も桂も静かに互いを見据める。

腹の内を探り合っているようにも見えた。


すると、一人の高官が挙手をした。
つるりと頭の禿げた面長の爺だ。

何故だか翠を伺うような、不自然な笑みを浮かべている。

「翠様。婿には私の息子など如何でしょうか。僭越ながら、能力、身分共に翠様に相応しい相手かと……」

それを皮切りに、他の高官達も口々に翠の"婿相手"を推し始める。

「それを言うなら私の息子の方が適任でございましょうよ」

「何を言う。翠様、私の妹めの息子はどうでしょう。これが中々の色男でございましてな」

「いえいえ、私の息子こそが相応しい!大変優秀な者でございますので、必ずや次の神官に相応しい子供が産まれましょう!」

次から次に飛んでくる高官達の言葉を浴びながら、翠は驚く事にゆるりと微笑を浮かべた。