「では何故力が消えたと言うのですか……!?」

荒ぶるタケルに「落ち着け」と言って、翠はゆっくりと話し始めた。


初めて可笑しい、と思ったのは、怪我が治って久しぶりに占いをしようとした時だったそうだ。

いつものように言霊を唱えているにも関わらず、一切手ごたえを感じなかった事。

たまたま調子が悪かっただけだと思い数日後にも試してみたが、全く改善しなかった事。

その後、何度も何度も言霊を唱えるが、結局一度も占いが出来なかった事。

いつしか、自分の中の力が完全に消えたのだと思わざるを得なくなった事。

そして、カヤへの気持ちが神官としての力を消失させたのでは無いか、と言う考えに至った事―――――




「つまり……力が消える事と純潔は関係ないのでは、と言う事ですか」

翠が話し終えた時、信じがたい、とでも言うようにタケルが呟いた。

「ああ。力が消える前と消えた後で、俺の中で変化があった事と言えば、カヤへの想いぐらいだ。"純潔を失う"と言う事は"交わる事"ではなく"人を慕う事"を意味していたのかもしれない」

神妙な顔でそう言った翠に、タケルは全身の力が抜けてしまったかのように肩を落とした。

「それでは、今まで語り継がれていた話は間違っていたと……」

「どの時点で捻じ曲がったのかは定かじゃないけどな」

先ほど以上の、地獄のような空気が場を支配した。

翠もタケルも、何かを考えているようだった。

考えざるを得ないだろう。
一体この先、どうなってしまうと言うのか。

心の中に言いようの無い不安が押し寄せてきて、内臓がのたうち回った。

カヤも必死に考えを巡らせるが、しかし状況を打開するような解決策は、一切考え付かなかった。


重たい沈黙が続き、やがてタケルが諦めに似た溜息を吐いた。

「……真実が歪曲したのでは無く、誰も知らなっただけなのかもしれませぬな。貴方のような愚かな神官は未だかつて居なかったでしょうから」

かなり刺々しい皮肉だったが、翠は「そうだな」と潔く言う。



「とにかく、これは私達だけの問題ではありませぬ。すぐにでも高官達と今後の事を審議せねばならないでしょう」

表情は暗いままだが、気を取り直すようにタケルが言った。

「ああ。明日でも開いた方が良いだろう。召集を掛けてくれるか」

翠の言葉に、タケルは「承知しました」と頷き、立ち上がる。

それから未だに手を繋いだままの翠とカヤをじっと見降ろし、眼を細めた。

「……分かっているとは思いますが、覚悟しておいて下され。翠様」



――――覚悟。

カヤがその言葉の本当の意味を知るのは、翌日だった。