目の前のミナトが固まった。
え、と思った次の瞬間、カヤの右側から鋭い声が飛んできた。
「ずるいです、ミナト!」
どん!と言う衝撃と共に、ナツナがカヤに抱き着いてきた。
頭一つ分小さいナツナは、ぎゅうぎゅうと遠慮なくカヤの身体を締め付けてくる。
「わ、私より先にカヤちゃんの笑顔を見るなんて……!許せません!」
「はあ!?」
仰天するミナトに、ナツナは噛み付くように叫んだ。
「ずるいずるいずるい!ずるいです!」
「いやいや、何がだよ!?」
「こんなの酷いです!謝って下さいよ、私に!」
「知るか!この女が勝手に笑ったんだっつの!」
「笑わせたのはミナトじゃないですか!」
「余計に知るか!」
ぎゃあぎゃあと言い合う2人の会話に、カヤは思わず吹き出してしまった。
「ふはっ……仲良いね」
喧嘩するほど仲が良い、とは言うが。
正にそれを地で良く2人であった。
「わあい、やっと笑ってくれましたね」
カヤの笑顔を認めた瞬間、ナツナは花が咲いたように笑った。
対してミナトは顔を赤くすると、ふんっとそっぽを向き、カヤ達に背を向けた。
「と、とにかくお前!余計な事はするなよ!」
耳まで真っ赤にしながら、ミナトは捨て台詞らしきものを吐いて去っていった。
「分かりやすいですよねえ、ミナトって」
未だにカヤに抱き着いたまま、ナツナがふふっと笑った。
「ナ、ナツナ……そろそろ苦しいかも」
か弱そうなその少女とは思えぬ力に、カヤは苦笑いをする。
ナツナは「あ、ごめんなさいです」と言って、やっと放してくれた。
「……ねえ、ミナトって何者なの?何か凄く偉そうだったけど」
嵐のようなミナトの来訪の後、2人は掃除を再開させた。
蜘蛛の巣も取り終わり、濡れた布で壁を拭きながら、カヤはナツナに尋ねた。
「ミナトは私と同じように、屋敷で働いているのですよ」
「……見かけによらず料理が上手い方?」
「ふふ、違いますよ。ミナトは屋敷の兵です。すっごく剣が強いのですよ!タケル様の一番弟子だって言われているのです」
成程。
あの男のミナトへの態度も、ミナトが剣を保持していた理由も、これで合点がいった。
自分と同じぐらいの年には見えるが、もしかするとそれなりの地位に居るのかもしれない。
「2人は凄く仲良いんだね」
「ええ、とても仲良しです」
カヤの言葉に、ナツナは照れる事も無く、大きく頷いた。
「ミナトも私と同じで、両親が居ないので……昔はよく元気付けてもらいました」
ナツナは懐かしそうにそう言った。
やはり、2人の間には特別な絆があるのだろうと思わざるを得なかった。
(それにしても、あのタケルとか言う人の下に居るのか……)
てことは、あの一つ結びはタケルの真似でもしているのか?
そんな事を悶々と考えていると、ナツナが伺うように口を開いた。
「……あの、ところで、先ほどの男の人とはお知り合いなのですか?」
「え?」
「すいません、良く状況が分からなかったもので。嫌だったら、話さないで下さいな」
慌てたように言ったナツナに、首を振る。
カヤは昨夜の出来事を、かいつまみながら説明をした。
正体を隠したがっていたコウの事はなんとか省きながらも語り終えると、ナツナは衝撃を受けたように、口元を手で覆っていた。
「そういう事だったのですね……それは怖かったでしょう」
心配そうに言うナツナの瞳が、潤みを帯びて揺れる。
それだけで十分だった。
「ううん、それはもう大丈夫……なんだけど……」
歯切れの悪いカヤを、ナツナが見つめる。
この胸のもやもやを上手く言葉に出来なかった。
