その日、カヤは屋敷の敷地内にある広場で、ミナトに稽古を付けてもらっていた。
今日は、なんと非番のヤガミも付き合ってくれており、この機会に、と複数人を相手にする時の立ち回り方を叩きこまれていた。
「ヤガミを背後に回らせるな!危ないと思ったら引け!」
「はい!」
「右ばっか見てんな!こっちも気にしろ!」
「っはい!」
「返事だけ良くても意味ねえんだ、よっ!」
右方に回ったヤガミに気を取られ、その一瞬の隙に間合いを詰められた。
「っあ……」
ミナトの木刀が、首元にピタリ当てられる。
カヤは力無く両手を挙げ、降参の意を示した。
「……参りました」
「ま、さすがにそうなるわな」
仕方無さそうに笑い、ミナトが木刀を引く。
カヤは肩を落として溜息を付いた。
ミナトとヤガミが組んで本気で掛かって来ればカヤなど一たまりも無いため、二人は利き手とは逆の左手一本で立ち合ってくれていた。
そのような有利な状況もあり、途中までは何とか喰らいついていたのだが、相手が二人に増えるだけで集中力は何倍も必要となるらしい。
あちこちに視線を巡らせたせいで頭が疲れてしまい、その隙に一本取られてしまった。
「容赦無いですねえ、ミナト様」
そう苦笑いを零しながら近づいてきたヤガミに、ミナトは鼻を鳴らした。
「易しい方だろ」
「私達との稽古の時より厳しいじゃ無いですか。カヤ様、良く逃げ出しませんね」
「いえいえ、私は教えて貰っている立場なので!感謝しかありませんよ」
慌てて言ったものの、まあ正直、毎日五回くらいは心が折れている。
が、実際以前よりも着実にミナトとの決着に時間が掛かるようになっていた。
勿論、最終的な結果はいつも決まってはいるが。
とにかく、これも全て稽古を付けてくれている三人のおかげだ。
「それにしても、以前に比べると大分御強くなられましたね」
嬉しい事を言ってくれたヤガミに、なんと珍しくミナトが頷いた。
「まあ確かに上達はしてるだろうけどよ。なんつーか……気迫が足りねえな」
「気迫って?」
カヤは思わず口を挟んだ。
動きに関する指摘は何度もあったが、気持ちの部分の事を言われたのは初めてだったのだ。
「相手を殺してやる、って言う殺気が、お前には『一切』無い」
『一切』の部分をやけに強調して、ミナトはカヤの目の前に指を付きつけてきた。
「そりゃそうでしょ……殺すつもりなんて無いもん」
「実戦になったら?」
「……殺さない程度に、どうにか」
「阿呆か。お前の腕前でそんな器用な真似出来るわけねえだろ」
呆れたように言われ、カヤは押し黙った。
強くなりたいと言う確固とした目標はあったけれど、誰かを殺める時が来るなんて考えた事も無かった。