【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

うんと顔を近づけて、鼻先が触れるか触れないかくらいの距離で、敢えて停滞する。

「実は物欲しいの」

冗談半分に、そう囁いてやった。


案の定、目の前の翠の顔が思い切り狼狽えたので、カヤは内心ほくそ笑んだ。

なるほど。
からかわれると腹が立つが、人をからかうのは悪くない。


「……どうした、急に?」

平然を装ったように尋ねてきた翠だったが、少し声は掠れていた。

翠の動揺が思いの他に面白くて、そろそろ離れようかと思っていたカヤは、逆に鼻先を触れ合わせた。

「最近、翠が触ってくれないなあと思って」

無邪気さを装って笑顔を浮かべれば、翠が僅かに身を引いたので、更に追いかけてみた。

「……そうか?」

「そうだよ」

「気のせいじゃないか?」

「それなら触ってよ」

おねだりの言葉は、案外するりと口から出てきた。

吐く息の熱さえ感じるこの距離が、カヤの『冗談半分』を、呆気なく『本気』に塗り替えたらしい。


目の前の双眸は水中を漂うように、ゆらゆらと揺れていた。

「翠?」

伺うように覗き込む。

その瞳が一際ぐらりと揺らぎを増した後、何故か、ふいっと横を向いた。

あれ。逸らされた。

そう悟った次の瞬間には、やんわりと肩を押されて引き剥がされていた。

「うん、ごめんごめん。寂しかったのか?」

ぽんぽん、と笑いながら頭を撫でられる。

それは正に大人が泣く子供をあやす類の、それだった。


「……え?」

違う、それじゃなく。
確かに触って欲しいなんて言ったけど、それじゃなく。

激しく突っ込みたかったが、肩透かしを食らっていたカヤは黙って頭を撫でられるしか無かった。


翠は一通りカヤの頭を撫で繰り回した後、悠然と首を傾げた。

「満足したか?もっと撫でるか?」

先ほどのカヤ以上に無邪気に言われ、カヤは「ううん……」と、力なく首を横に振った。



――――やっぱり何か変だ。

いや、決してカヤに触ってくれないからとか言う理由では無い。

踏み込もうとした瞬間に、ぴしゃりと壁を作られるような、あの寂しい感覚。

それをカヤは久しぶりに感じていた。



(もしかして、まだ律のこと気にしてるのかな……?)

久しぶりに占いをしようとして、けれど出来なかったあの日以来、翠はもう一度占おうとする様子を見せなかった。

多少気にはなっていたものの、特にタケルも翠もその話題を出さないため、カヤも口にしなかっただのが、やっぱり何か可笑しい気がする。


もしかするとカヤの居ない所で、その事に関して何か二人が会話をして、解決しているのかもしれないが。

けれどそうだとしても、カヤに何一つ説明が無いのも不自然に思えた。