【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「つかれたあ」

カヤは疲れ切った足を引きずり、どうにか翠に続いて部屋に戻ると、ぐったりと座り込んだ。

教えてくれている三人の中で、翠との稽古がぶっちぎりに疲れる。

機敏過ぎる彼の動きに無意識に付いていこうとしてしまい、対して体力があるわけでも無いこの身体が悲鳴を上げるのだ。



「それにしても、晴れてるとまだ暑いねえ」

涼しい秋の季節とは言え、太陽の下で思い切り動くとさすがに汗ばむ。

衣をパタパタと仰ぎながら呟けば、翠は「そうだな」と頷いて首筋の汗を拭った。

カヤはその姿をチラリと見やった。

翠は稽古をする時、普段は下ろしている髪を邪魔にならないよう束ねている。

カヤはその新鮮な姿を見るのが好きだった。

(翠ってば、本当に白いなあ)

剥き出しの首筋を、つ、と一筋の汗が伝い、誘われるように鎖骨に着地したのが見えた。



――――美味しそう。

ごくん、と己の喉が卑しく鳴ったのが分かった。



(……って、いやいやいや、何考えて……!)

一瞬だけ頭に湧いた強烈な欲求を振り払うべく、カヤはブンブンと頭を振った。

どうかしているんじゃないか。
前はこんな事は考えもしなかったのに。


二人は毎日顔を合わせているものの、世話役に復帰した初日にタケルに出鼻をくじかれて以来、必要以上に触れ合っていなかった。

だからまあ、きっとそのせいなのかもしれない。
こんな馬鹿げた事を思うのも、翠に触れていないからだ、きっと。

湖で身体中を駆け巡った、骨の髄まで溶け切るようなあの甘い痺れを、最近味わっていないせいだ。

(……いや、でも)

ふと考え直す。

翠に触れていないというよりも、どちらかと言えば翠が触れてきていないだけのような気が―――――



「どうした?」

「え?」

「物欲しそうな顔してる」

その瞬間、自分の頬が一気に真っ赤になったのが分かった。

「してません!」

いや嘘です、してたかもしれないです。


「顔真っ赤だな。大丈夫か?」

翠がこちらをじっと見つめながら尋ねてくるので、カヤは顔を逸らした。

「だ、大丈夫。暑いだけ」

「へえ。まあそうだな、確かに暑いな」

わざと言ってるな、とすぐに分かった。

眼尻に浮かんでいる意地悪いその笑いは、嫌でも見覚えがある。

カヤをからかう時の翠の顔だ。

誰のせいでこんな真っ赤になっていると思ってるんだ。

ぷりぷりと頬を膨らませたカヤだったが、不意に『たまには仕返ししてやりたい』と言う少し意地悪な考えが浮かんできた。

そっぽを向いていたカヤは、翠を真っすぐに見つめる事にした。

「……ん?」

怒っていたはずのカヤが唐突に凝視してきたためか、翠が戸惑った表情を見せる。

「ごめんね、さっきの嘘」

言いながら、床に手を付き四つん這いになって翠に這い寄った。