【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「本当は危ない事はさせたく無かったのだが……あの間者の事がどうにも気になる。身を守る術として剣技を身に付けておいた方が良いのかもしれない」

「えっと……と、言う事は……」

よもや自分が試されているとは思っておらず未だ動揺していたものの、カヤの心には沸々とした期待が湧き始めていた。

「世話役の合間に空きを作ってあげるから、稽古を続けると良い。暇があれば私やタケルも付き合おう。あの短期間で良くそれだけの形にしたな」

稽古を始めて早数か月。

そんな直球な褒め言葉を投げかけられたのは初めてだったため、カヤは雷に打たれたような衝撃を受けた。

「い、良いのですか……?そんな有り難すぎるお話……本当に良いのですかっ?」

にわかに信じがたく、しつこく確認を繰り返すと、翠が小さく笑った。

「ああ。その代わりしっかり鍛錬に励みなさい。実戦で使えるまでにならなければ意味が無いのでな」

「はい!あ、ありがとうございます!」

万遍の笑みを浮かべたカヤに、翠が「ここ最近で一番良い顔をしているな」と苦笑いをした。






その日から、カヤの毎日は目まぐるしく動いていった。

朝は世話役としてお勤めをし、昼間の少し余裕が出来る時間帯に、翠からお許しを貰って剣の稽古をした。

初めは遠慮して一人で素振りをするだけだったが、一度その場面をミナトに目撃され『言えや馬鹿』と罵られたため、それ以来ひとまず声を掛けるようにしていた。

ミナトは、手が空けれそうな時は相手をしてくれたし、忙しい時は、きちんと断ってくれたので誘いやすかった。

また翠やタケルも、時折公務の合間を縫って稽古に付き合ってくれた。

三人とも戦い方に特徴があるため、指導の切り口もまた異なっていた。

そのため、カヤは随分と吸収する事が多かった。


――――そして三人共、一様に厳しかった。

皆して指導に熱が入る性格らしく、ミナトと同じほどに容赦が無かった。なんと翠までも、だ。

その厳しさは、カヤがつい最近まで剣すら握ったことの無いただの女なのだと言う事を忘れているのでは、と本気で疑ってしまうほどだった。


剣の構え方、足のさばき方、力の抜き方、視線の置き方、立ち回り最中の思考法まで―――色々な事を指摘され、それらをぎゅうぎゅうに詰め込んだ頭は、常に爆発しそうだった。

それでも真剣にカヤに向き合ってくれる三人に答えられるよう、カヤは必死に歯を食いしばって、喰らいついた。


そうやってクタクタになりながらお勤めを終えると、カヤは毎日そのまま馬小屋へ直行した。

厳しく叱咤を飛ばしてこない馬達と過ごす時間が、最近の中では一番の癒しだ。

そして一しきり馬達と戯れた後は、一人で稽古の復習を行った。

腕が上がらなくなるまで剣を振るい、夜遅くに家に帰って、泥のように眠る。そんな毎日を繰り返した。


そんな日々を繰り返している内に、やがて秋も徐々に深まり、秋の祭事が近づいてきていた。







「あ、ありがとうございました……」

「おう、お疲れ。部屋に戻るか」

カラリと乾いた秋空の下、二人は翠の庭に居た。

タケルは屋敷の外に出ており、今日は久しぶりに二人きりだ。

今日はずっと謁見の予定が入っている翠だが、多少空きあると言う事で、こうして討ち合いに付き合ってくれていた。