一体あれだけの厳重な警備をどう潜り抜けたのか、想像を巡らせてみても、カヤにはさっぱり分からなかった。

翠は、屋敷内部の者が手引きした可能性もあると見て調査を命じたそうだが、今のところ成果は上げられていないらしい。


と、まあ、こう言った現状のせいか、翠はここ数日どこか可笑しかった。

本人は隠そうとしているようだが、普段よりも少しだけ口数が少なくて、普段よりも少しだけ『翠様』を過剰に演じていた。

しかもカヤと二人きりの時でも、だ。




「翠様、気晴らしに身体を動かされては?」

未だに祭壇の前で険しい表情をしている翠に、タケルがそう声を掛けた。

「……そうだな。少し剣を振ってくる」

小さく呟き、翠は重たい足取りで切戸口から庭へ出て行った。


「一体どうされたのでしょうね……」

二人きりになった部屋の中、カヤとタケルは心配な気持ちで翠が出て行った切戸口を見つめていた。

「気の乱れは力の乱れに直結する。何か心が騒いでおられるのだろうな」

「最近様子が変ですもんね……やはり、あの逃げた間者が原因なのでしょうか」

とは言え正直なところ、翠が律一人の存在によってここまで揺らいでいるのは不自然に思えた。

確かに限りなく相性の悪そうな二人だったし、脱走されてとんでもなく激高はしただろう。

それでも普段の翠ならば、すぐに気持ちを切り替えそうなものだが。


「うーむ……とは思い難いが……かと言って、特に他の原因も思い浮かばぬな」

腕を組んで曖昧に答えるタケルも、どうやらカヤと同感のようだ。


二人で首を捻っていると、

「タケル!すまないが付き合ってくれるか?」

窓の外からそんな翠の声が聞こえてきた。


「はいはい、ただいま!」

慌てて立ち上がったタケルが、足早に庭に降りて行った。


一人になり手持無沙汰になったカヤは、立ち上がって部屋の窓から庭を覗いてみた。

真っ青な空に見事な鱗雲が浮かんでいて、翠とタケルはその下で既に手合わせを始めている。

カヤは窓に肘を付き、その様子をぼんやりと眺めた。


以前までは何が何だか良く分からなった二人の手合わせも、ミナトとの稽古のおかげか、興味を持って眼で追うようになっていた。

タケルの動きは、さすが子弟と言ったところか、ミナトと良く似ていた。

体格を活かした力強い剣さばきが特徴で、一撃一撃がとても重い。

対して細身の翠は、斬撃の受け流し方が驚くほど上手かった。

そしてタケルほどの腕力が無い分、相手の裏を掻くような明敏な攻めを得意としているようだった。

女のカヤは、まだ体格の似ている翠の戦い方を参考にすると良いのだろう。

実際、翠の立ち回りは舌を巻くほど見事なもので、カヤは彼から学ぶ所が多かった。


(……って、学んでどうする)

二人の討ち合いに見惚れていたカヤは、内心苦笑いした。

もう剣を振るう事なんて無いだろうに。


(でも、稽古してもらえて良かったな)

辛かったけれど、ミナトのおかげで多少の忍耐力が付いた……気がする。