【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「カヤ。何かあったら大声を出しなさい」

そう言い残し、二人は牢を出て行った。

良かった。
どうにか血を見る事は避けられたようだ。

安堵の溜息を吐き、カヤは女の前に膝を付くと、地面に打ち捨てられている衣を拾い上げた。

「翠様がごめんなさい。手荒な事をしてしまって……」

無残に破れた衣は原型をとどめておらず、もう袖を通す事は出来なさそうだ。

剥き出しの白い肩が寒々しくて、いの一番に詫びたカヤに、女が眉を寄せた。

「なぜお前が謝る。というか、なぜ私を助けた」

「なぜでしょうね……良く分かりません」

はは、と思わず苦笑いが漏れる。

きっと後から翠のお説教を受けるだろう。

なぜ庇った少しは警戒心を持て考えも無しに割り込んでくるな……お説教の内容はなんとなく浮かぶが、せめて今は考えるのは止めておこう。


「あの、申し訳ないのですが、衣を脱がせても大丈夫ですか……?」

おずおずと尋ねれば、女は案外素直に頷いた。

「脱がさなければお前が叱られるだろうが」

「で、では失礼して……」

頭を下げて、カヤは女の肌着に手を掛けた。

何だか妙な気分だ。ドキドキする。
良く分からないが、男の人にでもなった気分だ。

大いに緊張しながら、カヤは勇気を持ってそっと肌着を下ろした。

「わあ……」

溜息に似た感嘆の声が漏れる。

そこに現れたのは、染み一つ無い滑らかな白肌だった。

形の良い乳房は透明な瑞々しさを湛えており、そこから流れるように線を描く腰のくびれの、なんと美しいこと。

カヤには到底無いような、見事な起伏だ。

細っそりとしていて、けれど美しく筋肉が付いていて、まるで軽やかに野を駆ける雌鹿のような躰つきだった。

(私、女で良かった……)

そうでなければ、この裸体を見て冷静で居られる自信が無い。



「綺麗ですね……本当に、綺麗」

半ば呆然と呟いていた。

「……ははっ、綺麗だと?」

不意に女が吹き出したので、カヤは目を疑った。

「お前は変な奴だな」

面白そうにカヤを見やる女の眼尻は、柔らかく下げられている。

表情が無くとも眼を見張るほど美しい人だが、笑顔となるともう別格だ。

神聖な場所に咲き誇る花のように、幽玄な何か。

ともすれば、触れれば溶けてしまう雪の結晶のように、儚い何か。

またもや自分の意思とは関係なく、鼓動が騒ぎ出していた。



「普通の人間なら怖がるぞ、こんな酷い見た目」

その笑みに見惚れていると、不意に女は自嘲を浮かべて、視線を落としてしまった。

とても寂しい言葉だった。

「そんな風に言わないで下さい。貴女のこと素敵だと思う人を、否定する事になってしまいます」

ずり下げたままだった肌着をまた戻しながら、カヤは言った。

「……そんな人間は居ない。未だかつて会った事も無い」

伏せれらた睫毛すらも白くて、まるで粉雪が乗っているかのようだった。

それも麗しいが、カヤはやっぱり目の前の人に笑って欲しかった。

「それなら私が一番最初ですね」

そう言えば、女は顔を上げて眼を丸くした。

「っは、やっぱり変な奴」

朗らかな笑顔というよりも呆れたような笑顔ではあったが、それはカヤの頬を緩ませるには十分だった。