眉を寄せながら、頑なにこちらを見ようとしない男の顔をじっと見る。
その瞬間、記憶が高速で駆け巡り、自分でも驚くほど昨夜の事を鮮明に思い出した。
「……あ、あんた昨日の」
それは、カヤを追い回してくれた、あの3人組の真ん中の男だった。
確かに昨日逃げていったはずの男が、ミナトに連れられてこの家にやってくるなんて、もう訳が分からない。
「やっぱりな」
混乱するカヤをよそに、ミナトは一人で納得したかのようにため息を付いた。
「お前、こいつらに自分の髪飾り渡したらしいな」
その声は少し怒りを含んでいた。
「え?ああ……まあそうだけど、なんで知ってるの」
というかなぜその事実に対して、怒りを向けられているのだろう。
世間一般的に見て悪い事をしたのはあちらのはずなのに、なぜかこちらが悪いかのような言い草だ。
さすがにムッとしてそう問いかけると、ミナトは忌々し気に言った。
「こいつ等が大金持ってコソコソしてたから、問い詰めたら吐いた」
全く持って野生動物並みの鼻の良さである。
そしてあの髪飾りはやはり高値で売れたらしい。
良かったのか、良くなかったのか。
「……で、それが何か?」
昨夜の出来事は、カヤの中では既に終わっていた事だった。
というか、敢えてあまり考えないようにしていた事だった。
それを蒸し返された事にげんなりしながら質問すると、ミナトはカヤを睨みつけた。
「この村の人間に対して余計な事してんじゃねえよ」
「はい?」
一瞬何を言われたのか分からず、聞き返す。
「よそ者のお前がこの村の民に対して、余計なお世話をするなっ、って言ってんだよ」
「……と言われましても、一応この国の神官様に『この村の民だ』って言われたんですけど」
「いくら翠様の仰ることとは言え、俺は認めねえ」
清々しい程にきっぱりとそう言いのけ、ミナトは唖然とするカヤに向かって人差し指を突き付けた。
「第一、こんな事して何になる?」
顔の目の前に指が迫り、思わず寄り目になる。
「髪飾りの次は何を渡すつもりだ?服か?この家か?それとも、その髪か?」
カヤが何かを言う隙間も無いほどに、ミナトは厳しい言葉を投げつけてくる。
戸惑うカヤは、防御する暇も無かった。
「お前が偽善振りまいたところで、きり無えんだよ!さっさと気付け!」
ぐっさり、と。
無防備な所に、そんな言葉を叩きつけられた瞬間。
自分でも驚くほどの怒りがわっと沸いてくるのが分かった。
「……ふざけんな」
「あ?」
「ふざけんな、って言ったの」
気が付けば、両手でミナトの胸倉を引っ掴んでいた。
「……あのねえ、私がこいつ等に好き好んで偽善振りまくとでも思ってんの?」
体格の差も、力の差も歴然としていた。
にも拘わらず、カヤは怯む事すら忘れてミナトに詰め寄る。
頭の奥が真っ赤に染まっていて、耳の奥で轟々と血液が巡る音がした。
「渡さなきゃどうしようも無かったから、渡したに決まってるでしょう?」
何も知らないくせに。
私がどれだけの夜、あれに縋りついたかなんて知らないくせに。
冗談じゃない。
お前に、そんな事言われる筋合いは、欠片も。
「じゃなきゃ渡すわけが無い!今だって死ぬほど後悔してんのよ!」
けれど、もう戻らないって決めたから。
悪い事だけじゃなかったはずのあの世界から、逃げ出せたつもりで居たから。
だから丁度良く舞い込んだ機会に、自分のけじめを都合よく乗っけたのだ。
分かっている。
分かっている、分かっている、分かっている!
自分が弱くて甘かったのだ。
そのせいで今、胸を掻きむしりたいくらいに、滅茶苦茶に泣き叫びたいくらいに、悔やんでいる。
(―――――……あー、でも分かった所でもう遅いんだった)
ふっ、と馬鹿みたいに。
頭の片隅でもう取り返しが付かない事をはっきりと自覚した。
そうしたら一瞬で頭が冷えて、カヤの怒りは笑えるくらい落ち着いた。
その瞬間、記憶が高速で駆け巡り、自分でも驚くほど昨夜の事を鮮明に思い出した。
「……あ、あんた昨日の」
それは、カヤを追い回してくれた、あの3人組の真ん中の男だった。
確かに昨日逃げていったはずの男が、ミナトに連れられてこの家にやってくるなんて、もう訳が分からない。
「やっぱりな」
混乱するカヤをよそに、ミナトは一人で納得したかのようにため息を付いた。
「お前、こいつらに自分の髪飾り渡したらしいな」
その声は少し怒りを含んでいた。
「え?ああ……まあそうだけど、なんで知ってるの」
というかなぜその事実に対して、怒りを向けられているのだろう。
世間一般的に見て悪い事をしたのはあちらのはずなのに、なぜかこちらが悪いかのような言い草だ。
さすがにムッとしてそう問いかけると、ミナトは忌々し気に言った。
「こいつ等が大金持ってコソコソしてたから、問い詰めたら吐いた」
全く持って野生動物並みの鼻の良さである。
そしてあの髪飾りはやはり高値で売れたらしい。
良かったのか、良くなかったのか。
「……で、それが何か?」
昨夜の出来事は、カヤの中では既に終わっていた事だった。
というか、敢えてあまり考えないようにしていた事だった。
それを蒸し返された事にげんなりしながら質問すると、ミナトはカヤを睨みつけた。
「この村の人間に対して余計な事してんじゃねえよ」
「はい?」
一瞬何を言われたのか分からず、聞き返す。
「よそ者のお前がこの村の民に対して、余計なお世話をするなっ、って言ってんだよ」
「……と言われましても、一応この国の神官様に『この村の民だ』って言われたんですけど」
「いくら翠様の仰ることとは言え、俺は認めねえ」
清々しい程にきっぱりとそう言いのけ、ミナトは唖然とするカヤに向かって人差し指を突き付けた。
「第一、こんな事して何になる?」
顔の目の前に指が迫り、思わず寄り目になる。
「髪飾りの次は何を渡すつもりだ?服か?この家か?それとも、その髪か?」
カヤが何かを言う隙間も無いほどに、ミナトは厳しい言葉を投げつけてくる。
戸惑うカヤは、防御する暇も無かった。
「お前が偽善振りまいたところで、きり無えんだよ!さっさと気付け!」
ぐっさり、と。
無防備な所に、そんな言葉を叩きつけられた瞬間。
自分でも驚くほどの怒りがわっと沸いてくるのが分かった。
「……ふざけんな」
「あ?」
「ふざけんな、って言ったの」
気が付けば、両手でミナトの胸倉を引っ掴んでいた。
「……あのねえ、私がこいつ等に好き好んで偽善振りまくとでも思ってんの?」
体格の差も、力の差も歴然としていた。
にも拘わらず、カヤは怯む事すら忘れてミナトに詰め寄る。
頭の奥が真っ赤に染まっていて、耳の奥で轟々と血液が巡る音がした。
「渡さなきゃどうしようも無かったから、渡したに決まってるでしょう?」
何も知らないくせに。
私がどれだけの夜、あれに縋りついたかなんて知らないくせに。
冗談じゃない。
お前に、そんな事言われる筋合いは、欠片も。
「じゃなきゃ渡すわけが無い!今だって死ぬほど後悔してんのよ!」
けれど、もう戻らないって決めたから。
悪い事だけじゃなかったはずのあの世界から、逃げ出せたつもりで居たから。
だから丁度良く舞い込んだ機会に、自分のけじめを都合よく乗っけたのだ。
分かっている。
分かっている、分かっている、分かっている!
自分が弱くて甘かったのだ。
そのせいで今、胸を掻きむしりたいくらいに、滅茶苦茶に泣き叫びたいくらいに、悔やんでいる。
(―――――……あー、でも分かった所でもう遅いんだった)
ふっ、と馬鹿みたいに。
頭の片隅でもう取り返しが付かない事をはっきりと自覚した。
そうしたら一瞬で頭が冷えて、カヤの怒りは笑えるくらい落ち着いた。
