「そうか、分かった。変なことを聞いてすまなかったな」
翠の優しい声色にズキリと胸を痛んだが、それを隠す様に頭を下げる。
「とんでもございません」
どうか嘘が露見しませんように。
そして、どうか何かの奇跡が起きて、あの人が解放されますように。
―――今のカヤには、そう願う事しか出来ない。
「だから言っただろう!私はただの旅人だ!さっさと解放しろ!」
不意に女が叫んだ。
再び女を見やった翠の顔からは、つい今しがたカヤに向けた優しい笑みは、綺麗に取っ払われていた。
「お前が『ただの旅人』だと言う証拠は無い。悪いが引き続き尋問をさせてもらう」
「……つまり何を言っても私を解放する気は無いと?」
「そういう事だ」と短く吐き捨てた翠は、カヤの背中を牢の出口に向けて軽く押した。
「用はそれだけだ。もう戻りなさい」
「あ、はい……」
果たして水と油のようなこの二人を残してしまって大丈夫だろうか。
(血を見る事になりそうなんですが……)
そう不安に思いながらも、牢を出て行こうとしたカヤは―――――ボキッ、ボキッ、と言う奇妙な音に足を止めた。
「え……」
振り向いたカヤの眼に飛び込んできたのは、後ろ手で拘束されていたはずの女の手が、なぜか身体の前側に回っている光景だった。
関節を外したのだ――――そう悟った次の瞬間には、女は指の先ほどの小さな刃物で、足首の紐を瞬時に斬り落とした。
一体その刃をどこに隠し持っていたのか。
カヤが仰天している間に、女は既にこちらに向かってきていた。
「下がれカヤ!」
「わっ……!」
庇うように身体を押しのけられ、カヤは後ろに大きくよろめいた。
刹那、女は小さな刃を翠に向かって突き立てていた。
すんでのところで翠が身を捩って刃を避ける。
それと同時に、素早く体勢を立て直した女が、今度は鋭い蹴りを繰り出した。
バシィッ――――顔面スレスレの所で、翠の右手が女の右足首を捉えた。
「くっ、」
二度に渡って攻撃を止められ、女の表情が歪む。
「足癖が悪い、なっ……!」
言いながら、翠は足首を掴んだまま女に足払いをかけようとした。
が、その僅か一瞬前に、女は左足で強く地を蹴っていた。
眼を疑うほど高く跳躍した女は、空中で自由な方の左足を翠の顔目がけて蹴り出す。
翠は咄嗟に掴んでいた足首を放して、腕で顔を庇い――――その腕に一瞬だけ足を付いた女は、ふわり、と軽く飛んだ。
(あ、綺麗)
白い羽みたいだ――――そんな馬鹿げた感想を抱いている間に、女は空中で後方に一回転して、音も無く地面に着地した。
ほんの一瞬の出来事だった。
(つ、つよ……)
情けない事に、カヤは瞬き一つすら出来なかった。
翠の反射神経も物凄いが、女の身体能力も凄まじいものだった。
手を縛られたまま翠と互角にやり合うなんて、到底同じ人間とは思えない。
唖然としていると、翠が嘲笑を吐き捨てた。
「人の腕を踏み台にするとは、どういう教育を受けたんだ?」
そう言いながら、翠は肩に羽織っていた衣をバサリと脱ぎ去る。
そしてそのまま護身用の剣を抜き身にした。
口角が上がっているものの、眼が一切笑っていない。
どこからどう見ても完全に憤っていた。
翠の優しい声色にズキリと胸を痛んだが、それを隠す様に頭を下げる。
「とんでもございません」
どうか嘘が露見しませんように。
そして、どうか何かの奇跡が起きて、あの人が解放されますように。
―――今のカヤには、そう願う事しか出来ない。
「だから言っただろう!私はただの旅人だ!さっさと解放しろ!」
不意に女が叫んだ。
再び女を見やった翠の顔からは、つい今しがたカヤに向けた優しい笑みは、綺麗に取っ払われていた。
「お前が『ただの旅人』だと言う証拠は無い。悪いが引き続き尋問をさせてもらう」
「……つまり何を言っても私を解放する気は無いと?」
「そういう事だ」と短く吐き捨てた翠は、カヤの背中を牢の出口に向けて軽く押した。
「用はそれだけだ。もう戻りなさい」
「あ、はい……」
果たして水と油のようなこの二人を残してしまって大丈夫だろうか。
(血を見る事になりそうなんですが……)
そう不安に思いながらも、牢を出て行こうとしたカヤは―――――ボキッ、ボキッ、と言う奇妙な音に足を止めた。
「え……」
振り向いたカヤの眼に飛び込んできたのは、後ろ手で拘束されていたはずの女の手が、なぜか身体の前側に回っている光景だった。
関節を外したのだ――――そう悟った次の瞬間には、女は指の先ほどの小さな刃物で、足首の紐を瞬時に斬り落とした。
一体その刃をどこに隠し持っていたのか。
カヤが仰天している間に、女は既にこちらに向かってきていた。
「下がれカヤ!」
「わっ……!」
庇うように身体を押しのけられ、カヤは後ろに大きくよろめいた。
刹那、女は小さな刃を翠に向かって突き立てていた。
すんでのところで翠が身を捩って刃を避ける。
それと同時に、素早く体勢を立て直した女が、今度は鋭い蹴りを繰り出した。
バシィッ――――顔面スレスレの所で、翠の右手が女の右足首を捉えた。
「くっ、」
二度に渡って攻撃を止められ、女の表情が歪む。
「足癖が悪い、なっ……!」
言いながら、翠は足首を掴んだまま女に足払いをかけようとした。
が、その僅か一瞬前に、女は左足で強く地を蹴っていた。
眼を疑うほど高く跳躍した女は、空中で自由な方の左足を翠の顔目がけて蹴り出す。
翠は咄嗟に掴んでいた足首を放して、腕で顔を庇い――――その腕に一瞬だけ足を付いた女は、ふわり、と軽く飛んだ。
(あ、綺麗)
白い羽みたいだ――――そんな馬鹿げた感想を抱いている間に、女は空中で後方に一回転して、音も無く地面に着地した。
ほんの一瞬の出来事だった。
(つ、つよ……)
情けない事に、カヤは瞬き一つすら出来なかった。
翠の反射神経も物凄いが、女の身体能力も凄まじいものだった。
手を縛られたまま翠と互角にやり合うなんて、到底同じ人間とは思えない。
唖然としていると、翠が嘲笑を吐き捨てた。
「人の腕を踏み台にするとは、どういう教育を受けたんだ?」
そう言いながら、翠は肩に羽織っていた衣をバサリと脱ぎ去る。
そしてそのまま護身用の剣を抜き身にした。
口角が上がっているものの、眼が一切笑っていない。
どこからどう見ても完全に憤っていた。
