【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

(そ、そういう事か……)

嘘が露見したのではなく、珍しい髪色をした間者と血の繋がりが無いかどうか、ただカヤに確認をしたかっただけなのだ。

どっと湧いてきた安心感に、危うく泣きそうになってしまった。



「だから、先ほどから間者では無いと言っているだろう!お前は耳が聞こえないのか!?」

そんな乱暴な言葉にギョッとし、カヤは弾かれたように女を見やった。

手も足も縛られているにも関わらず、女は臆する様子を一切見せる事なく鋭い視線を翠に向けている。

まるで、射殺さんばかりの勢いだ。



「……本当に煩い女だな」

心底苛立ったように翠が呟く。
温厚な彼らしからぬ声色だ。

恐らくカヤが来る前から、この女性に数々の暴言を投げ続けられていたのだろうと、容易に想像出来た。


「さっさと吐いたらどうだ。お前だろう?あの日屋敷に侵入したのは」

冷ややかにそう言った翠を、女もまた同じくらい冷ややかに睨み付ける。

「何度違うと言えばお前は理解する?変な言いがかりを付けるな、この腐れ神官が」

ぴくり。翠の目元が引き攣った。

(ああ、なんて事を……)

あまりの言葉に思わず眩暈がした。


一瞬女を斬りつけたそうな雰囲気を見せた翠だったが、無理やりに視線を逸らすと、カヤの方に顔を向けた。

「……と、まあ、あの者は馬鹿の一つ覚えのように否定をしているわけだが」

「馬鹿はお前だ!」と、またもや飛んできた暴言を無視し、翠は言葉を続ける。

「念のため聞きたい。あの者に見覚えはあるか?」

そう問われ、ふと思った。

ここで本当の事を言ってしまった方が良いのではないだろうか?

"実はあの日、馬小屋で会ったけれど、まさか間者とは思わなかったんです"

そう言ってしまえば、全てが丸く収まる。

女は侵入者として捕らえられ、タケルも翠も安心する。

それに、嘘を付いてしまったカヤの罪悪感だって綺麗に晴れるだろう。


「えっと……」

考えを巡らせながら、カヤは女に視線を移した。


――――ぱちり、と眼が合った瞬間、息が止まった。


それは奇妙な感覚だった。

ドクン、と心臓が大きく鼓動を打った。

それから全身をビリビリと駆け巡る痺れ。
嫌なものではない。甘くて、むず痒い。

(私、知ってる)

この感覚は、どこかで。


「……カヤ?」

ふ、と視界に翠の顔が入り込んできた。
答えを返さないカヤを、訝しく思ったらしい。

更にその向こうでは、翠を通り越して、女がこちらを見つめていた。

真っ白な、何にも染まらない瞳で、ひたすらに真っすぐ。

(塗り潰されて欲しくない)

なぜそう思ったのか。

ただ、目の前の美しい人間には、自由が似合う気がしただけ。


――――嗚呼、どうかしている。



「知りません。初めて会いました」


嘘を重ねた瞬間、女が驚いたように眼を見開いた。

幸い翠もタケルもこちらを見ていたので、その事には気が付かなったようだ。