(つかまる)
本能で悟った。
次に喰われるのは、きっと心臓。
「ひっ」
掴んだ腕を強引に引き寄せられ、そして漏れた悲鳴ごと、翠の咥内に消えて行った。
ざぶん、と湖面が大きくたゆんだ。
波に足を取られそうになって、ふらついたカヤの身体を、唇を押し当てたまま翠が抱き上げる。
水の浮力も手伝い、簡単に浮かんだ上半身は、翠の手によって岸辺に仰向けにされた。
「えっ」
その瞬間だけ口付けが止み、カヤが戸惑いの声を漏らしたのも束の間――――翠が真上に乗り上げてきた。
一瞬だけ月の明かりが眼を焼いて、それからふと視界が暗くなった。
翠が頭を垂れたのだ。
そっと、触れるだけ。
そんな遠慮がちな接触は、ほんの初めだけだった。
「ん、うっ……」
びくりと跳ねた腰は、挟まれている翠の足によって押さえつけられた。
肉を喰らう獣のように、何度も何度も食まれていく。
あっという間に激しさを増す口付けに、もう成す術は無かった。
掻き抱いてくる指も、押し潰してくる身体も、あの優しい翠のものとは全く別物だった。
怖い、怖い、怖い。
そう思う、のに。
「カヤッ……」
狂ったように紡がれる声に、ぞくぞくする。
(こわ、い)
ああもう、苦しいんだ。
唇も、舌も、声も、指も、全がが胸を軋ませる。
分かっていた。ずっと分かっていた。
この、あまりにも甘い苦しみの正体を。
(わたしは、どうしようもなく)
――――嬉しい、のだ。翠に求められて。
強烈に自覚してからは、もう求める側へと成り果てるしか無かった。
「っ、」
咥内に、翠の吐息が入り込んできた。
あれほと逃げ回っていたカヤが、唐突に答えた事に驚いたらしい。
危うく離れかけた唇を、今度はカヤが追った。
しかしすぐに、主導権は呆気なく翠に返る。
攻められたお返しと言わんばかりに噛み付かれ、そして舐めつけられた。
「す、い……翠っ……」
恥ずかしくなるほどの、甘ったるい声。
自分の唇から発せられている声が、あまりにもはしたなくて眩暈がした。
だと言うのに、それに呼応するように翠が更に名を呼ぶ、から。
「っカヤ……カヤ……」
嗚呼、頭がどうにかなってしまいそうだ。
何もかもが恐ろしくて、翠の背中に縋りついた。
離れるのが嫌で爪を立てた腕に、長い黒髪がしっとりと絡み付いてくる。
ああ、もうなんでも良い。
触れているのなら、翠の身体のどこだって良かった。
唇の形さえぐちゃぐちゃになって、翠の味を何度も嚥下して、どこからが皮膚の境界線なのかすら分からなくなって。
過去も未来も、羨望も畏怖も、汚濁も美麗も。
何もかもを隅に追いやって、目の前の人を――――翠だけを全身に染み渡らせ、喜悦するしか。
「っ、は……」
互いに息を吐き合い、二人は唇を僅かに放した。
睫毛の交差しそうな距離を保ったまま、柔く見つめ合う。
熱っぽく繰り返される荒い呼吸がどちらのものなのか分からないほどに、近く、近く。
(息が出来ない)
苦しかった。
湖に沈んだ時よりも、ずっと。
このままじゃ今すぐに窒息してしまいそうだ。
本能で悟った。
次に喰われるのは、きっと心臓。
「ひっ」
掴んだ腕を強引に引き寄せられ、そして漏れた悲鳴ごと、翠の咥内に消えて行った。
ざぶん、と湖面が大きくたゆんだ。
波に足を取られそうになって、ふらついたカヤの身体を、唇を押し当てたまま翠が抱き上げる。
水の浮力も手伝い、簡単に浮かんだ上半身は、翠の手によって岸辺に仰向けにされた。
「えっ」
その瞬間だけ口付けが止み、カヤが戸惑いの声を漏らしたのも束の間――――翠が真上に乗り上げてきた。
一瞬だけ月の明かりが眼を焼いて、それからふと視界が暗くなった。
翠が頭を垂れたのだ。
そっと、触れるだけ。
そんな遠慮がちな接触は、ほんの初めだけだった。
「ん、うっ……」
びくりと跳ねた腰は、挟まれている翠の足によって押さえつけられた。
肉を喰らう獣のように、何度も何度も食まれていく。
あっという間に激しさを増す口付けに、もう成す術は無かった。
掻き抱いてくる指も、押し潰してくる身体も、あの優しい翠のものとは全く別物だった。
怖い、怖い、怖い。
そう思う、のに。
「カヤッ……」
狂ったように紡がれる声に、ぞくぞくする。
(こわ、い)
ああもう、苦しいんだ。
唇も、舌も、声も、指も、全がが胸を軋ませる。
分かっていた。ずっと分かっていた。
この、あまりにも甘い苦しみの正体を。
(わたしは、どうしようもなく)
――――嬉しい、のだ。翠に求められて。
強烈に自覚してからは、もう求める側へと成り果てるしか無かった。
「っ、」
咥内に、翠の吐息が入り込んできた。
あれほと逃げ回っていたカヤが、唐突に答えた事に驚いたらしい。
危うく離れかけた唇を、今度はカヤが追った。
しかしすぐに、主導権は呆気なく翠に返る。
攻められたお返しと言わんばかりに噛み付かれ、そして舐めつけられた。
「す、い……翠っ……」
恥ずかしくなるほどの、甘ったるい声。
自分の唇から発せられている声が、あまりにもはしたなくて眩暈がした。
だと言うのに、それに呼応するように翠が更に名を呼ぶ、から。
「っカヤ……カヤ……」
嗚呼、頭がどうにかなってしまいそうだ。
何もかもが恐ろしくて、翠の背中に縋りついた。
離れるのが嫌で爪を立てた腕に、長い黒髪がしっとりと絡み付いてくる。
ああ、もうなんでも良い。
触れているのなら、翠の身体のどこだって良かった。
唇の形さえぐちゃぐちゃになって、翠の味を何度も嚥下して、どこからが皮膚の境界線なのかすら分からなくなって。
過去も未来も、羨望も畏怖も、汚濁も美麗も。
何もかもを隅に追いやって、目の前の人を――――翠だけを全身に染み渡らせ、喜悦するしか。
「っ、は……」
互いに息を吐き合い、二人は唇を僅かに放した。
睫毛の交差しそうな距離を保ったまま、柔く見つめ合う。
熱っぽく繰り返される荒い呼吸がどちらのものなのか分からないほどに、近く、近く。
(息が出来ない)
苦しかった。
湖に沈んだ時よりも、ずっと。
このままじゃ今すぐに窒息してしまいそうだ。