【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「俺の虫よけの薬、取れてるか?」

「う、うん。もう完全に翠だね……」

「だよな……」

参ったように呟く翠の心情は、手に取るように分かった。

翠様ともあろう人物が、こんな時間にこんな所で、一人で居て良いわけが無い。

しかも、世話役を降りたはずのカヤと一緒に居るなんて、一体どう説明すれば良いと言うのか。


(それに……)

カヤは、湖に浸かっている翠の身体を見下ろした。

普段、翠は必要以上に衣を重ねて着用し、更に肩から衣を羽織る事で、身体の線を隠している。

しかしコウの姿をする時、彼は動きやすいように薄い衣を一枚しか着ない。

そしてその衣も、今や濡れて身体に張り付き、翠の体をありありと浮き彫りにしていた。

筋張った腕も、膨らみなど一切ない胸板も、引き締まった腹も、全てが翠は男だと主張していた。

無理だ。どうあっても誤魔化せない。
今の状態のまま兵達に見つかるわけにはいかなかった。


「……よし、辺りを捜せ……近くに居るかもしれない……」

そんな兵の声が聞こえてきて、カヤは身体を強張らせた。

(どうしよう、どうしよう)

焦る頭の中、いや待てよ、とふと冷静になった。

何も二人で隠れている必要なんて、どこにも無いではないか。



二人の兵が松明をかざしながらゆっくりと近づいてくる中、カヤは翠を振り返った。

「私、出て行く」

「……え?」

「水浴びしてましたーとか適当に言っておくから、翠は隠れてて。絶対だよ」

小声のまま早口に言って、カヤは隠れていた茂みから抜け出そうと水を蹴った。

「っ行くな……!」

ばちゃん、と水が跳ね、カヤの身体は一瞬で翠に絡めとられた。

割と大きかったその水音に、兵の一人がこちらに顔を向けたのが分かった。

「ちょ、ちょっと……放して……」

ぎゅうぎゅうと押し潰してくる腕から逃れようともがくが、翠はカヤを一切放さない。

「嫌だ、行くな」

「……っ翠ってば……!」

「行かせたら、また会えなくなるんだろっ……?」

は、と息を呑む。

その瞬間、身体中の力が一気に抜けて行ったように思えた。

酷く頼りなく、ともすれば泣き出してしまいそうな声が、よもや翠の唇から飛び出してくるなんて。

(そんな。そんな声)

やめてくれ。
冷静さを欠いてしまった、欲望に満ちたような声なんて。


耳にしてしまえば、欲しくなってしまう。





「……おい、何か水音がしなかったか?」

「……魚じゃないか……?」

「それにしては大きかったような……」

血の気が失せるような声が、もうすぐそこまで迫っていた。

出るべきか、出ないべきか。

とんでもない選択を迫られる中、翠が意を決したように口を開いた。

「カヤ、なるべく息吐くな」

え、と思う間も無かった。


肩を抑えつけられたと同時――――だぷんっ、と身体が水中に沈んだ。