女は全てが白かった。
身に着けている衣だけでは無い。

肌も、髪も、瞳も、何もかもが透き通ってしまいそうなほど白いのだ。

それは、決して月光に照らされているせいでは無かった。

まるで彼女自身が月光を放っているかのようだ。
濁りのない、完璧な白。


「……綺麗」

思わず口から賞賛が漏れ出していた。


女の格好は、その容姿の美しさとは真逆で、素っ気ないものだった。

髪は後ろで無造作に縛られ、衣も絢爛とは程遠い、動きやすさを重視したもののように見える。

だと言うのに、その質素さを全て掻き消してしまうほど、神々しい何かが女にはあった。


翠と見間違えてしまうのも無理は無い、と思ってしまった。

だって翠と同じくらい美しいのだ。
そんな人間を、あの人以外に知らなかった。



「……金の髪……」

呆然と女を見つめるカヤと同じように、女もまたカヤを驚きに満ちた表情で見つめる。

「もしや、お前が『カヤ』か……?」

すっかり麻痺していたカヤは、ハッと意識を取り戻した。

どうやら女はカヤの事を知っているらしい。

敵か、はたまた味方か。

女からは殺気らしきものは感じられないが、かと言って友好的な空気も見て取れなかった。


互いが互いをじっと見つめ合い、じりじりとした膠着状態が続いた時―――――夜のしじまを縫って、男達の声が耳に届いてきた。


「――――――辺りを捜せ!」

「――――――馬小屋の中に居るかもしれない!確認しろ!」

そんな声と共に、複数の足音が近づいてくる。

家を出た時に感じた、屋敷内の違和感の理由がようやく分かった。

きっと兵達はこの女を捜しているのだ。


「……っち」

女が舌打ちをして、懐から輪っか状の持ち手が付いた小さな刃物のようなものを取り出した。

実物を見るのは初めてだが、あれは細作が使うような飛び苦無ではなかろうか。

(戦うつもりだ)

ぞっと背筋が冷え、気が付けばカヤは口を開いていた。

「そこに居ると見つかります。柵の中に入って隠れて下さい」

「……は?」

「蹴られてしまうので、馬の背後には回らないようにして下さいね!」

早口で言って、カヤは自ら馬小屋の外に出た。

背後で、女が音も無く馬達が居る柵の中に身を隠したのが分かった。


複数の兵達が馬小屋に辿り着いたのは、その一瞬後だった。

「カ、カヤ様!?このような時分に何を!?」

その内の一人はヤガミだった。

ふらりと馬小屋から出てきたカヤに、度肝を抜かれたような顔をしている。

「何やら外が騒がしかったので……馬達が怖がってないか気になって、様子を見に来たんです。あの、何かあったんですか?」

「ええ。屋敷に侵入しようとした者が居たようで、今行方を追っている所でございます。カヤ様、何か怪しい者は見ませんでしたか?」

そう尋ねつつ、ヤガミは馬小屋が気になるようで、先ほどからチラチラと中の暗がりを伺っている。

今にでも見つかってしまうのでは、と冷や冷やしながら、カヤは首を横に振った。

「見ませんでしたね。馬達も騒いでいなかったし、この辺りには来ていないんじゃないでしょうか」

何食わぬ顔を装ったが、もしかすると後ろめたさが顔に出ていたのかもしれない。

ヤガミの目が僅かに細められた。

「……念のため、小屋の中を見せて頂いても?」


ひやり、と肝が冷えた。