「まあ、そうだろうとは思ったわ」

含み笑いを浮かべながら、ユタはさも面白そうにカヤを見つめてくる。

なんだって言うんだ、その笑顔は。

「どうせあんた達の事だから、手すら繋いでないんでしょ?」

「あんた達……?」

その言葉に違和感を感じていると、聞き役に徹していたナツナが苦笑いをしながら口を開いた。

「ユタちゃんってば……そんな事言って、ご自分こそタケル様と手を繋いだ事なんて無いのでは?」

「私は良いの。だってカヤってば、放っておいたら一生何も行動しなさそうなんだもの」

眼の前のやり取りを見つめていたカヤは、おずおずと口を開いた。

「……えっと、手くらいなら繋いだ事はあるけど」

コウの姿で初めて会った日、隠れていた茂みから抜け出す時に手を引いてもらったし、他にも何度か似たような場面で、翠に引っ張ってもらった事があった。

その行為に何か特別な意味があるとは到底思えないのだが、ユタはなぜそんな事を言うのだろう?


「あら!そうなの?」

カヤの何気ない発言に、ユタもナツナも、はたと会話を止めた。

「うん……なんなら抱き締められたりもしたし……」

「え!?」

「額に口付けされたりとかもしたし……」

「えええ!?」

そう言えば灸を据えるために、噛まれたり舐められたりもしたなあ――――と言いかけたカヤは、一瞬で口を閉じた。

ユタもナツナも眼をひん剥いていて、今にも後ろにぶっ倒れんばかりの顔をしていたのだ。

しまった。
何か余計な事を言ってしまったらしい。


「いや、まあ、きっと深い意味なんて無いんだろうけどね!?」

慌ててそう付け足し、カヤは誤魔化すように滋養の薬をごくごくと呑んだ。

すると、口元を両手で覆ったユタが顔を真っ赤にしながら呟いた。

「ミ、ミナトってば……案外大胆なのね……」

ぶほおっ、と再びカヤの口から薬が吹き出た。


「なっ、げほっ……な、なんでミナト!?違うよ!」

「え!?じゃあ誰よ!?」

激しく咳き込みながら否定をすると、ユタが鼻息荒く迫ってきた。

誰かなんて、口が裂けても言えるわけが無い。

「あ……えっと……その……」

おのずと視線を彷徨わせたカヤに、ユタは顎に手を当てながら何やら考え込む素振りを見せる。

「屋敷の誰かよね?まさか……ヤガミさん?いやでも、カヤにそんな事したらミナトに殺されるって分かるだろうし、確か奥様もいらっしゃるから違うわよね……他に目ぼしい人なんて居たかしら……?」

「ふ、二人の知らない人!と言うか本当に違うの!恋患いでも無いし、想い人でも無いから!」

頼むからもうそれ以上は詮索しないでくれ!と涙目で訴えると、ユタは「素直じゃないわね」と鼻を鳴らした。

なんとまあ納得の行っていない顔なのか。

これは下手すると屋敷中の人間を調べ尽くしそうな勢いだ。

戦々恐々としていると、ユタは仕方無さそうに息を吐きながら肩をすくめた。

「まあカヤが認めないって言うんならそれで良いけど。どうせふとした瞬間に溢れてきて、嫌でも自覚する時が来るわよ。ねえ、ナツナ?」

「ふふ。そうかもしれませんね」

そう言って二人は、面白半分、呆れ半分の顔をして見つめてくる。


(だからなんだって言うんだ、その顔!)


カヤには、その表情の意味が全く分からないのであった。