カヤの顔を覗き込んできたミナトは、ギョッとしたような表情になった。

「おまっ、なんつー顔色してんだコラ!」

「……す、すいません……」

「ったく」

か細く謝罪した瞬間、カヤの身体がふわりと浮いて、気が付けばミナトの肩に担がれていた。

人間一人担いでいるにも関わらず、ミナトはしっかりとした足取りで歩き出す。

「あは……米俵になった気分」

「喋んな」

ゆらゆらと揺られながら、カヤはそのまま涼しい木陰に下ろされた。

「横になってろ」

「……はい」

大人しくその場に横たわると、ミナトは竹筒の水で手近な布を濡らし始めた。

「体調悪いなら早く言えや」

十分に濡れた布を今度は固く絞りながら、ミナトは低い声で言う。

「や……体調が悪いわけじゃなくて……」

「あ?」

「単なる寝不足と言うかなんと言うか……ぶっ!」

ビシャッ!と顔に濡れた布を投げられた。

「ふざけんな。寝てろ、馬鹿」

カヤが顔から布を退けると、ミナトは呆れたような、怒った様な顔をして背を向けてしまった。

「……ごめんなさい」

布を額に当てながら、カヤはゆっくりと息を吐いた。


真上にある枝の隙間から、時折陽光が顔を覗かせる。

季節の中で一番暑い時期は過ぎ去り、最近は太陽の光も随分と柔らかくなり始めていた。

気持ちの良い陽気と、そよそよとした風に頬を撫でられ、先ほどまで張り詰めていたカヤの心身から、一気に力が抜けて行く。


なんとも言えぬ心地よさを感じながら、カヤは未だにそっぽを向いているその背中を見やった。

ミナトは、暑いのか衣をパタパタと仰いでいた。
その仕草をする度、背中の筋肉が自在に動く。

なんて大きな背中だろう。
襟元から顎にかけて伸びる筋さえ、酷くはっきりとしている。

(……翠の首筋もこんな風なのかな。良く見とけば良かった)

何の気無しにその首筋を見つめていると、唐突にミナトがこちらを振り向いた。

「何見てんだよ」

「……いや別に」

「んだよ、それ」

はっ、と笑ってミナトがまた前を向き直す。

どうやらもう怒って居なさそうだ。
そう悟り、カヤはごく普通に話しかけた。

「ねえ、ミナト」

「あ?」

「……ごめんね、卑怯な真似して」

カヤを心配して駆け寄ってきてくれた無防備なミナトの隙を突くなんて言う姑息な手を使ってしまった。

おずおずとそう謝ると、意外にもミナトは肩を揺らした。

「勝負に卑怯も癖もねえよ。実戦になったら、どんな手使ってでも勝て」

嫌味の一つでも言われるかと思っていたため、それは予想外の返しだった。

驚いたカヤを、ミナトが肩越しに振り返る。

「良い一手だった。稽古も無駄じゃなかったな」

ぽかん、と開いた口が塞がらなかった。

まさか。信じられない。
聴き間違いではなかろうか。

(雪が降る、いや槍が降る、ううん、とんでもない天変地異が起きる……)

あのミナトが、よもやカヤを褒めるなんて――――――



「……何ニヤニヤしてんだよ、気色わりぃ」

いつの間にか、こちらを見下ろすミナトの眉は、怪訝そうにしかめられていた。

どうやらカヤは、湧きあがる嬉しさを押さえきれず、顔中で笑っていたらしい。

吐き捨てられた悪態さえ気にならなかった。