そして今回もまた、一瞬で間合いを詰めてきたミナトから、稲妻のような斬撃が降ってきた。

「っ……!」

思わず目を瞑って受けてしまい、カヤは大きくよろめいた。

そしてそれを見逃さなったミナトが、後ずさるカヤに向かって次々と打撃を打ち込んでくる。

「眼閉じてんじゃねえ!」

「はい!」

「逃げるな!」

「っ、はい……!」


"――――逃げるな"

そうやって湖で翠に叱責されたのに。

久しぶりに会えたあの日、何故だか今みたいに後ずさっていた。

優しいはずの翠の指から逃げて、あんな顔をさせて。

分からない。
分からない。分からない!

自分は、どうして逃げてしまったのだろう?


叫び出したくなった時、くらりとまた、あの眩暈。

「……あ」

歪んだ視界の中、ミナトの一打が落ちてきて――――受け止めきれず、勢いよく肩にめり込んだ。


「っ、!」

息が止まるような衝撃と共に、カヤは勢いよく後方に倒れ込んだ。

咄嗟に付いた掌の皮膚が思い切り擦り剥けるのを感じたが、まともに打撃を受けた左肩の痛みに比べると、生易しいほどだった。

カヤは左肩を押さえ、そのまま蹲ってしまった。

あまりの痛みに声が出てこなかった。


(い、た……い……)

まるで焼けた鉄の棒でも押し当てられているみたいだ。

(っもう、嫌だ……)

ああもう、どうしてこんなに痛い思いをしなくちゃいけないんだろう?

こんな痛み、感じなくたって生きていけるのに。

どうして、どうして、どうして。



(――――……どうして、なんて)

何をふざけた事を。
全部自分が選んだ道なのに。

この世界を去ろうとしたのも、去ることを止めたのも、世話役を降りたのも、剣を振るっているのも。

翠の指から逃げてしまったのも、全部。


「おい、大丈夫か!」

焦ったような様子で、ミナトがこちらに駆け寄って来るのが視界の端で見えた。



(……ゆるせ、ない)

許せない。どうしても許せなかった。
もう逃げないと決めたのに、また逃げてしまった。

己の心からでは無い。
あろう事か、何よりも大切な翠から逃げてしまった。

それが、どうしても許せなくて。



カヤは砂ごと木刀をギュッと握り込むと、次の瞬間に勢いよく地面を踏み込んだ。

「なっ、」

もうほんの目の前に居たミナトが、咄嗟に木刀を構えようとする。


(ゆるせない―――――!)

それを待たずして、カヤは斬りかかった。
轟く激情の中、己への怒りを断ち切るようにして。

ガンッ!と確かな手ごたえの後、袈裟気味に振るわれたカヤの一撃が、ミナトの右手から木刀を弾き飛ばした。



――――ガラン、ガランッ……

地面を転がっていく木刀と、唖然としているミナト。
それを見止め、カヤの口元に思わず笑いが浮かんだ。

「……やった」

初めてミナトを討ち取った。


そう確信したカヤは、次の瞬間ぐしゃりと地面に座り込んだ。

(あー……つらい……)

どっと痛みと眩暈が湧いてきて、ふらふらと頭が揺れる。

「おい、あぶねっ……」

倒れこみそうになった所を、ミナトが二の腕を掴んでくれたおかげで、何とか地面に頭を打ち付ける事は免れた。