たおやかな声が、ひらひらと降って来る。



"――――俺もカヤが大事だ"

慈悲深い腕で、抱き締めてくれたくせに。


"――――どうか健やかに、カヤ"

そう願った唇で、額に触れてくれたくせに。


"――――他人行儀な物言いをするようになったな"

なのに、壊れそうな声でそんな事を言わないで。

翠、お願いだから。翠。







「――――遅い!」

鋭い声と共に、ガァン!とカヤの手の中から木刀が弾き飛んで行く。

途端、痺れるような強烈な感覚が両手に走った。

「いっ、つ……」

痛みに呻きながらも、地面を転がっていく木刀を追いかけると、背中から怒声が飛んできた。

「ボサっとしてんじゃねえぞコラ!」

「ごめんなさい!」

慌てて木刀を拾い上げようと屈んだカヤは、かくんっとその場に膝を付いた。

(あ……やばい)

くらりと眩暈がして、一瞬視界が真っ白になる。

ゆっくり瞬きを繰り返すと、少しずつ景色は戻って来たものの、それでも頭の芯はどこかふわふわとして頼りない。


「おい、どうした」

「何でもない!もう一度お願いします!」

声を掛けられ、一瞬で立ち上がったカヤは、再び木刀をしっかりと構えなおした。



あの夜、正門で翠と再び会ってから数日が経っていた。

遂にミナトは利き手である右腕で剣を振るえるまでに回復しており、それに伴い稽古は激しさを増していた。

少しでも気が緩むと容赦なく木刀を弾き飛ばされるため、稽古は以前よりもずっと精神力を必要とした。

だと言うのに、カヤはここ数日何度も訪れる眩暈に襲われ、集中しきれないでいた。

原因は分かっている。
あの日以来、なぜだか熟睡出来ないせいだ。



「行くぞ!」

「はい!」

ミナトが鋭く言い放ち、そして次の瞬間には振り下ろされてきた斬撃を、カヤは苦し紛れに受け止めた。

ミナトの剣は、間違いなく一撃一撃が重く、そして早くなっていた。

到底本気ではないだろうが、それでもカヤにとっては全てが鬼のような一打に思える。

息をする事すら許されない一振りを、カヤはいつも紙一重のところで受けていた。


「足の送り方が違う!すっ転ぶぞ!」

「はい!」

「……っよし下がるぞ、来い!」

受けるだけでは上達しないからと言って、時折ミナトは敢えて隙を作った。

間合いを取ったミナトを追いかけるようにして、カヤは渾身の力で木刀を振り下ろす。

バシィッ――――――そしてそれを完璧に受け止めたミナトから、鋭い叱咤が飛んできた。

「打ち込んだ後にフラフラすんなって言ってんだろ!」

嗚呼、まただ。

勢い良く打ち込んだ後の足さばきが、どうにもカヤは苦手だった。

体勢を整えるのが遅れて、いつも次の一手を上手く受け止めきれないのだ。