「今のところ公務に支障は無い。どころか、前以上の量をこなされては居る……が、どうにも根を詰めすぎていらっしゃってな」

タケルが参ったように頭をガリガリと掻いた。

「怪我が治らぬ内は穢れの持ち込みを防ぐために、占いが出来ないのだが……恐らくは、それが理由だろう」

成程、そういう事か。

大切な公務の一つである占いが行えないため、その分の不足を補おうと、翠は他の公務に精力を注いでいるのだろう。


「私が休むように言っても、全く聞き届けて下さらなくてな。あのお方らしいが……あれでは治る傷もなかなか治らぬ」

カヤは、翠の性格をタケルの次くらいには知っていると自負していた。

そのためタケルの苦労が手に取るように分かった。

翠が心配であれこれ言うけれど、彼はそれに逆らうようにして、足早に進んで行ってしまうのだ。

そうしてまたカヤ達の心配は増していく。ただの悪循環だ。



「まあ、カヤの言う事なら聞いて下さるかもしれぬがな」

冗談めいたように笑ったタケルの言葉を、カヤは軽くは受け流せなかった。

自分如きに翠の考えをどうこう出来るとも思えないが、もしも世話役を続けていれば今のタケルが背負っている心配事を、せめて少しは肩代わり出来たかもしれない。


「ご苦労を掛けてしまい申し訳ありません……」

不甲斐ない気持ちでいっぱいのカヤに、タケルは一瞬苦笑いを零すと、少しだけ真面目な表情になった。

「カヤの任を解いた理由を、翠様は教えては下さらぬが……察するにカヤから申し出た事であろうと私は思っている」

俯き加減だったカヤは、その言葉に思わず顔を上げた。

タケルに最期の挨拶をした時、世話役を離れた理由は一切聞かれなかった。

そのため、てっきり翠が説明したのだろうと思っていたのだが。

「そなたの事だ。きっと強い意志を持って決断したのだろう。それを責めたりなどはせぬよ」

穏やかな表情、穏やかな声色で、タケルは言う。

「カヤは今のカヤの道を行きなさい。その気になったら、いつでも戻ってくると良い。少なくとも私は待っているぞ」

カヤの肩にポン、と手を置き「ではな」と言って、タケルは去って行った。


なんとも複雑な気持ちだった。

そんな言葉を掛けてもらえるほど、果たして立派な決意だったのだろうか。

最終的に翠に諭されたとは言え、カヤはあの時、湖に身を投げようとしていたのだ。

しかし翠は、そんな愚かなカヤの行為を黙っていてくれたらしい。



(……嫌だな)

冷たい言葉を投げつけられて、本当は心の奥底が、しくしくと悲しんでいる。


(……いやだなあ……)

けれどそれ以上に――――無茶する翠を止められない事、そして自分の知らない所で彼の慈しみを受けている事。

その事実が苦しくて、どうしようも無かった。




その夜、カヤは久しぶりに眠れない夜を過ごした。