「はあい」と言うのんびりな声が中から聞こえ、そして出て来たのはナツナだった。
「貴女は……」
カヤの顔を認めた途端、その表情が大きく驚く。
カヤは、ぐっと拳を握りしめた。
唇も、ぎゅっと噛んだ。
罵られるだろうし、既に完全に嫌われては居るだろうが、とにかくナツナに謝らなければと言う気持ちだけが先走っていた。
「ご、ごめんなさい。酷いこと言って、本当にごめんなさい」
腰を折り、低く頭を下げる。
我ながら子供染みた謝罪の仕方であった。
視界に移った自分の膝は、小刻みに震えていた。
だって、許してもらえるわけはあるまい。
一体どんな罵声が浴びせられるのか、身構えるしかなかった。
「……おにぎり、食べて頂けましたか?」
頭上から降ってきた声は、それはもう静かなものだった。
「ま、まだです……」
感情は一切読めない。
カヤは頭を下げたまま、緊張気味にそう答えた。
「では食べてみて下さいな」
ナツナが、そっとカヤの手から包みを取り、握り飯を手に取って差し出してきた。
カヤはゆっくりと体勢を起こすと、それを受け取った。
ふっくらとした米粒は酷く旨そうにキラキラと光っている。
震える唇で、握り飯の端を齧ってみた。
「……美味しい。凄く」
ごく自然に、その言葉が出て来た。
僅かな塩気と、程よい固さの米粒は、空っぽのカヤの胃を易しく満たした。
ふふっ、と笑い声が聞こえた。
ナツナが嬉しそうに微笑んでいた。
「ありがとうございます」
そんな礼を言われたが、なぜ言われたかは分からなかった。
不思議そうなカヤの表情に気が付いたのか、ナツナは言葉を続ける。
「自分の作った物を美味しいと言って貰えると嬉しいのです。だから、ありがとうなのですよ」
じんわり、と。
気のせいでは無いむず痒さが、またカヤを襲った。
そしてカヤは唐突に思い出したのだ。
それを投げかけられると、無条件に嬉しいのだと。
心がほっこりと息を付いて、とても気持ちが良い。
「……あ、ありがとう」
だから、ぎこちなくとも伝えたくなった。
伝えなければいけないと思った。
「親切にしてくれて、ありがとう。ナツナ」
言葉は紡ぐと同時に、感情を届ける。
ナツナは、今のカヤの感情を是が非でも届けたいと思える人物であった。
にこりと、ナツナが嬉しそうな笑顔を見せる。
それは、きっとカヤが見た中で一番の本当だった。
「お名前をお伺いしても良いですか?」
ゆったりとした口調で、ナツナが言った。
「えっと、カヤって言います」
「カヤちゃんですね。これから、よろしくお願いしますね」
そう言って差し伸べられた手に、今度こそ答える。
恐る恐る握ったナツナの手は、まるで彼女自身のように温かかった。
"ありがとう"
短くて、ありふれていて、取るに足らない言葉。
しかし、それを当たり前に投げかけてもらえる自分である事が、幸福への第一条件なのかもしれない。
頭の片隅に在り続けていた何かが、少しだけ輪郭をはっきりさせた。
「貴女は……」
カヤの顔を認めた途端、その表情が大きく驚く。
カヤは、ぐっと拳を握りしめた。
唇も、ぎゅっと噛んだ。
罵られるだろうし、既に完全に嫌われては居るだろうが、とにかくナツナに謝らなければと言う気持ちだけが先走っていた。
「ご、ごめんなさい。酷いこと言って、本当にごめんなさい」
腰を折り、低く頭を下げる。
我ながら子供染みた謝罪の仕方であった。
視界に移った自分の膝は、小刻みに震えていた。
だって、許してもらえるわけはあるまい。
一体どんな罵声が浴びせられるのか、身構えるしかなかった。
「……おにぎり、食べて頂けましたか?」
頭上から降ってきた声は、それはもう静かなものだった。
「ま、まだです……」
感情は一切読めない。
カヤは頭を下げたまま、緊張気味にそう答えた。
「では食べてみて下さいな」
ナツナが、そっとカヤの手から包みを取り、握り飯を手に取って差し出してきた。
カヤはゆっくりと体勢を起こすと、それを受け取った。
ふっくらとした米粒は酷く旨そうにキラキラと光っている。
震える唇で、握り飯の端を齧ってみた。
「……美味しい。凄く」
ごく自然に、その言葉が出て来た。
僅かな塩気と、程よい固さの米粒は、空っぽのカヤの胃を易しく満たした。
ふふっ、と笑い声が聞こえた。
ナツナが嬉しそうに微笑んでいた。
「ありがとうございます」
そんな礼を言われたが、なぜ言われたかは分からなかった。
不思議そうなカヤの表情に気が付いたのか、ナツナは言葉を続ける。
「自分の作った物を美味しいと言って貰えると嬉しいのです。だから、ありがとうなのですよ」
じんわり、と。
気のせいでは無いむず痒さが、またカヤを襲った。
そしてカヤは唐突に思い出したのだ。
それを投げかけられると、無条件に嬉しいのだと。
心がほっこりと息を付いて、とても気持ちが良い。
「……あ、ありがとう」
だから、ぎこちなくとも伝えたくなった。
伝えなければいけないと思った。
「親切にしてくれて、ありがとう。ナツナ」
言葉は紡ぐと同時に、感情を届ける。
ナツナは、今のカヤの感情を是が非でも届けたいと思える人物であった。
にこりと、ナツナが嬉しそうな笑顔を見せる。
それは、きっとカヤが見た中で一番の本当だった。
「お名前をお伺いしても良いですか?」
ゆったりとした口調で、ナツナが言った。
「えっと、カヤって言います」
「カヤちゃんですね。これから、よろしくお願いしますね」
そう言って差し伸べられた手に、今度こそ答える。
恐る恐る握ったナツナの手は、まるで彼女自身のように温かかった。
"ありがとう"
短くて、ありふれていて、取るに足らない言葉。
しかし、それを当たり前に投げかけてもらえる自分である事が、幸福への第一条件なのかもしれない。
頭の片隅に在り続けていた何かが、少しだけ輪郭をはっきりさせた。