【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「私が居ると翠の夢は叶わないよ」

さらりと言うと、翠の眼光が険しさを増した。

「誰が決めた」

「そういうものなの」

「馬鹿げてる」

吐き捨てるようなそんな物言い、彼にしては珍しかった。
それほどカヤの言っている事が可笑しいのだ。

自覚はある。しかし同じくらい確証もある。


「なあ、カヤ。違う土地に行ってもきっとまた辛い思いするだけだ」

まるで言い聞かせるように翠は言う。

「だったらこの国に居れば俺もタケルもお前を守れる」

「要らない」

遮るように言うと、翠はピタリと動きを止め、眼を細めた。

「……何?」

「もう必要ないの」

ゆっくりと丁寧に繰り返す。
数秒間、翠はカヤの言葉の意味を考えたようだった。

そしてその意味に気が付いたであろう時、翠は驚愕したように眼を見開いた。

「……死ぬ、つもりか……?」

返答の代わりに、薄く微笑んだ。

「見逃してくれないかな」

さあ……と夏夜の風が辺りに吹いた。

立ち尽くす翠の長い髪を揺らすと同時、カヤの髪も顔に掛かり、うざったくて思わず横を向く。


「やめろ」

風が緩やかに止んだ時、翠がそう言ったのが聞こえた。

強い意志を感じる口調だったが、それでも少しだけ震えを帯びていた。

翠は続けざまに言う。

「夢があるんだろ?いつか大陸に行くんだろ?」

「もう良いの、叶わないのそれは」

ぴしゃりと言い放つ。

言った後に、今の言い方は子供の癇癪みたいだったな、と思った。

欲しい物が手に入らない事に拗ねて、耳を塞いで、他者を跳ねのける様が、正にそれと同じだった。


「……ごめんね、翠」

何に対してか分からない謝罪を吐いた時、ザッザッと足音が聞こえて来た。

思わず顔を上げると、翠はもう目の前まで来ていた。

「ふざけるな!」

ガッ、と強く両肩を握られ、カヤは身体を強張らせた。

掴まれた肩から、翠のあられもない怒りを、ひしひしと感じた。


「楽な思いをして叶えられる夢なんて在るわけが無いだろ!俺の夢も、カヤの夢も、歯を食いしばって、血反吐を吐いて、そうやって叶えるしかないんだ!」

肩を揺さぶられながら、喚くように言葉を投げつけてくる。

翠は明らかに冷静さを欠いていた。


「翠……」

とても恥ずかしい事なのだが――――優しい翠は慰めの言葉をくれるのでは、と何処かで思っていた。

だからそれに耳を貸さないでおこうと心の準備だってしていた。

けれど、まさかこんな事を言うなんて。

カヤの心臓を直接殴りつけるような事を言うなんて、微塵も思っても居なかったのだ。