【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

(……苦しいかなあ)

そりゃそうに決まっている。
自分みたいな人間が苦しまずに幕引き出来るはずがない。


(こんな所で、独りで終わるのか)

いつだったか翠が、この国では故人を水葬で弔うのだと教えてくれた。

家族が故人の棺を代わる代わる担ぎ、三日三晩かけて川まで運ぶのだと。

最期の時間を惜しんで、思い出話に花を咲かせて、そしてきっと、もう物言わぬ家族に溢れんばかりの愛情を伝えて―――――


ぽたり。
湖面に、小さな涙の粒が落ちた。




「っふ、う……」

耐えきれなかった嗚咽が漏れ出た。


永遠に生き続けたいなんて少しも思わない。

ただ、いつか来る終焉を、出来れば普通の人と同じように迎えたかった。

家族に看取られながら、穏やかに、幸福に。
それは、そんなにも特別な願いだったろうか。


(いや、そうじゃなくても、この世は理不尽なんだ)

膳も言っていた。
どう足掻いても人を不幸に貶める人間は存在するものなのだと。

それがたまたまカヤだっただけ。

そしてそれに打ち勝つ強さを、カヤが持ち合わせていなかっただけ。



カヤは涙をぐっと拭うと、深く息を吐き切った。

その間にも次から次へと涙は溢れてくるが、もう良かった。

「……っ春風の、吹くこと待つなかれ……蝶の眠りは安らかなり」

翠と共にこの湖で唱えた言霊を、震える唇で紡ぐ。

その綺麗な旋律の部分だけを、何故だかずっと覚えていた。

言霊の意味は満足に分かりやしない。

けれど、どうかどうか次の春風が吹く時、あの人が笑っていると良い。

カヤの事など忘れ去って、穏やかに、幸福に。

明日も必ず訪れる世界で、貴方が朽ちるまで、永遠に―――――





「――――――カヤッ!」

心臓が激しく跳ね上がった。

弾かれたように振り返ったカヤの眼に、ここに居ないはずの人物の姿が飛び込んできた。


「す、い……」

信じがたい事に、翠だった。
激しく息を切らせた彼は、カヤから少し離れた場所に立っている。

完全にまいたと思っていたが、どうやら浅はかなカヤの行き先は、翠にはお見通しだったらしい。


翠は、あろう事かコウの姿ではなく、翠様の姿だった。
眠っていた時の恰好そのままで飛び出してきたようだ。


「まさか……その恰好で走って来たの?昼間だったら大騒ぎだよ……?」

冗談めいたように吐いたカヤの発言を、翠は無視した。

「出て行くつもりなのか」

はっきりとした、険しい声。

間違ってもいないが正解でもない翠の言葉に、カヤは答えを返さなかった。

翠は、その沈黙を肯定と取ったらしい。

「約束はどうするんだ」

恐らくこの湖で重ねた約束の事を言っているのだろう。

翠がこの国の民を幸福にしきった後、今度は二人で大陸に行く。

カヤは同じ髪の人達に囲まれて平和に暮らし、翠は重い衣を脱ぎ去って自由に大地を駆け回る。

今思えば、なんて現実からかけ離れた夢物語なのか。