【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「へー。初めて会った時から思ってたけどな。ま、そういう理由ならその髪は大切にしなきゃな」

ゆるりと自然な、コウの笑顔。
この人は、なんて息をするように笑うのだろう。

「うん……あ、ここ。私の家」

カヤの言葉に、2人は立ち止まった。

相変わらず信じられない程におんぼろな家は、どうにかこうにか地面の上に立っている。

「お、おお。えらく古風な家だな」

若干引き気味な様子で、コウが家を見つめた。

決してカヤの趣味では無いのだが、訂正するのも阿呆らしいので黙っていた。

「……ま、無事に送り届けた事だし、俺は帰るわ」

コウは「それじゃあな」とカヤに背を向けた。
割とすんなりと去っていくその背中を見送る。

すると、数歩ほど歩いた時にコウがこちらを振り向いて声を掛けてきた。

「なあ。明日も森に行くのか?」

唐突な質問に、不意を突かれたカヤは少し焦りながら言った。

「あ、うん。行くかな……土地探さなくちゃいけないから」

「土地?なんの?」

「なんのって……野菜育てるための」

そう答えると、コウは訝し気に眉を寄せた。

「……膳から土地貰ってないのか?」

僅かに低くなったその声に驚き、カヤはおずおずと頷いた。

「う、うん……でも、私は貰えないんじゃないかな?この国の人間じゃないし」

先ほどの3人組の男達の会話から、豪族である膳が村人に土地を分け与えるものだと言う事は分かっていた。

しかし、あくまでそれは『この国の民』にだ。
自分あくまでよそ者だ、と言う認識で居たのだが。

「お前はこの国の人間だ。神官にそう言われてただろ」

コウがきっぱりと言った。


"この娘は、今日から私の民だ"

昨日、翠様にそう言われていた事をカヤは思い出した。


「ああ、確かに……でも膳のあの様子だと、多分くれないと思う」

最後の最後まで憎まれ口を叩きながら去っていったあの男。

この家をカヤに与えたのだって、たまたま空き家になっていたからのはず。

守銭奴そうなあの男が、囲い込んでいる己の大事な土地をカヤに喜んで渡すとは思えなかった。


「ふーん……」

コウは含みのある声で何やら納得していた。
何かを考えているようなその横顔は、どこか怖い。

それからコウはカヤに向き直り、ニッコリと笑った。

「カヤ。その土地探し、俺も付き合うわ」

「えっ?」

あっさりとそう言われ、思わず戸惑いの声が漏れる。

「いや、良いよ、そんなの……悪いし」

慌てて首を横に振るが、コウはカヤの遠慮を完全に無視した。

「昼間は俺が仕事だから、夜だな。月が真上に昇った頃に森の入口で待ってろ」

「……私の話、聞いてる?」

「聞いてはいる」

ふっ、と笑い、コウはカヤに背を向けた。

「今日はありがとうな。お陰で助かった」

首だけ振り返りながら、左手を上げて。