「翠様は、血の繋がりのみで業を背負う必要はないと仰ったそうよ。だからクシニナさんは悪くない。そして勿論、カヤも一切悪くないわ。なんと言っても翠様がお許しになられたんだもの」
弛緩しきっていた掌に、ユタの指が触れたのを感じた。
彼女の指はやけに熱くて、しかし一瞬後には単純に自分の掌が冷え切っているだけなのだと気が付く。
「だから今回の事もきっと大丈夫。翠様なら正しい判断を下してくださるわ」
(―――――翠)
ユタがつらつらと発している言葉の中から、その名を拾った。
そうだ。
翠の所へ行かなければ。
ぼんやりと思ったカヤは、ゆっくりと立ち上がった。
「カヤ……?ねえ、大丈夫……?顔が真っ青よ……」
ユタがしきりに何かを言っていたような気がしたが、良く聞こえない。
カヤは、そのままふらふらと外に出た。
ただ家を出る間際「クシニナさんが戻ってきたら、雪中花を渡してほしい」と頼んだ気もする。
現に、次に気が付いた時、カヤは翠の部屋の前に居て、あれだけの思いをして採ってきた雪中花は手の中には無かったから。
「……おお、カヤではないか!起き上がって大丈夫か!」
一声掛けることすら忘れて部屋に入ると、タケルが飛び上がった。
「ご迷惑をお掛け致しました。翠様のご容態は如何ですか」
「あまり芳しくは無い」
翠は相変わらず、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返していた。
眉頭が苦しそうに顰められている。
あれから丸二日間は経っていると言うのに、翠の体調は一向に回復していないようだった。
そんな翠を見下ろしていると、タケルがため息交じりに言った。
「あの日、そなたが攫われたと言う報告を聴くや否や、屋敷を飛び出して行かれてな。一瞬ご容態が戻られたのかとも思ったのだが、ただ気を張っておられただけだったらしい……あの日からずっとこんなご様子だ」
参ったように言ったタケルの眼の下に濃い隈がある事に気が付いた。
きっと、ずっと翠に付きっ切りだったに違いない。
「……翠様の手の傷の方は」
「ああ。傷を塞ぐ処置はしたが、当分は筆も握れぬだろうな。全く、無茶をなさるお方だ」
無残なほど皮膚が破れていった美しい右手。
カヤが傷付けたも同然だ。
一体どう詫びれば良いのか見当も付きやしない。
「カヤが責任を感じることは何も無い。寧ろ、良く生きていてくれた」
黙り込むカヤに、タケルが慰めの言葉を投げかけた。
それは耳には届いたものの、どうしても心にまでは届く気配を見せない。
「タケル様。翠様には私が付いておりますので、どうかお休み下さい」
気が付けば口からそんな言葉がすらすらと出ていた。
「む……?しかし、そなたも体調が万全というわけでも無かろうが」
「いえ、もう大丈夫でございます。翠様の体調が戻るまで傍に居りますので、ご心配なく」
自分で発した言葉のはずなのに、やけに淡々としているな、と思った。
まるで、一切動けない本当のカヤの代わりに、誰かが口を借りて話しているようだった。
タケルは訝し気にカヤを見つめていたが、やがてゆっくりと立ち上がった。
「うむ、それではお願いするとしよう。体調が悪くなったらすぐに言うが良い」
気遣わしげな視線を送りながらも、そう言ってタケルは部屋を出て行った。
弛緩しきっていた掌に、ユタの指が触れたのを感じた。
彼女の指はやけに熱くて、しかし一瞬後には単純に自分の掌が冷え切っているだけなのだと気が付く。
「だから今回の事もきっと大丈夫。翠様なら正しい判断を下してくださるわ」
(―――――翠)
ユタがつらつらと発している言葉の中から、その名を拾った。
そうだ。
翠の所へ行かなければ。
ぼんやりと思ったカヤは、ゆっくりと立ち上がった。
「カヤ……?ねえ、大丈夫……?顔が真っ青よ……」
ユタがしきりに何かを言っていたような気がしたが、良く聞こえない。
カヤは、そのままふらふらと外に出た。
ただ家を出る間際「クシニナさんが戻ってきたら、雪中花を渡してほしい」と頼んだ気もする。
現に、次に気が付いた時、カヤは翠の部屋の前に居て、あれだけの思いをして採ってきた雪中花は手の中には無かったから。
「……おお、カヤではないか!起き上がって大丈夫か!」
一声掛けることすら忘れて部屋に入ると、タケルが飛び上がった。
「ご迷惑をお掛け致しました。翠様のご容態は如何ですか」
「あまり芳しくは無い」
翠は相変わらず、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返していた。
眉頭が苦しそうに顰められている。
あれから丸二日間は経っていると言うのに、翠の体調は一向に回復していないようだった。
そんな翠を見下ろしていると、タケルがため息交じりに言った。
「あの日、そなたが攫われたと言う報告を聴くや否や、屋敷を飛び出して行かれてな。一瞬ご容態が戻られたのかとも思ったのだが、ただ気を張っておられただけだったらしい……あの日からずっとこんなご様子だ」
参ったように言ったタケルの眼の下に濃い隈がある事に気が付いた。
きっと、ずっと翠に付きっ切りだったに違いない。
「……翠様の手の傷の方は」
「ああ。傷を塞ぐ処置はしたが、当分は筆も握れぬだろうな。全く、無茶をなさるお方だ」
無残なほど皮膚が破れていった美しい右手。
カヤが傷付けたも同然だ。
一体どう詫びれば良いのか見当も付きやしない。
「カヤが責任を感じることは何も無い。寧ろ、良く生きていてくれた」
黙り込むカヤに、タケルが慰めの言葉を投げかけた。
それは耳には届いたものの、どうしても心にまでは届く気配を見せない。
「タケル様。翠様には私が付いておりますので、どうかお休み下さい」
気が付けば口からそんな言葉がすらすらと出ていた。
「む……?しかし、そなたも体調が万全というわけでも無かろうが」
「いえ、もう大丈夫でございます。翠様の体調が戻るまで傍に居りますので、ご心配なく」
自分で発した言葉のはずなのに、やけに淡々としているな、と思った。
まるで、一切動けない本当のカヤの代わりに、誰かが口を借りて話しているようだった。
タケルは訝し気にカヤを見つめていたが、やがてゆっくりと立ち上がった。
「うむ、それではお願いするとしよう。体調が悪くなったらすぐに言うが良い」
気遣わしげな視線を送りながらも、そう言ってタケルは部屋を出て行った。
