【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

ミナトは、部屋の中央にある寝床の上に横たわっていた。
但しその姿は、痛々しいなんて程のものでは無かった。

「ミ、ナト……」

カヤは思わず掌で口元を覆った。

カヤも至る所を怪我しているが、そんなもの眼では無い程にミナトの様子は酷かった。

身体中が包帯でぐるぐる巻かれ、皮膚が見える場所など一切無いよう見える。


――――死体に包帯が巻かれているだけでは無かろうか。

眼を覚ましていると聞いていなければ、間違いなくカヤはそう感じただろう。


カヤは全身震えながらミナトに近寄り、その傍らに崩れるようにして座った。

近くで見て気が付いたが、右腕と左足はそえ木で固定されていた。

骨が折れているに違いない。

「ミナト……」

呆然と名を呼ぶと、包帯の隙間から僅かに見えるミナトの瞼がゆっくりと開いた。

その眼は彷徨いながらもカヤを捉えると、僅かに細まった。

「ああ……ちゃんと、生きてたな……」

息を呑む。

気を付けなければ、聞き逃してしまいそうな程に小さな声。
しかし確かにミナトの唇から発せられた言葉だった。

思いの他に優しい声色を投げかけられた事に酷く安堵して、同時に喉の奥が痛くなった。


カヤは強張る指で、遠慮がちにミナトの掌に触れた。

ミナトは嫌がらなかった。それが救いだった。

感じたのは、滑らか肌の感触では無くて、ざらりとした包帯の感触。

それでもその向こう側から体温が伝わってくる。

最後に触れた、氷のようなそれでは無い。

じんわりとした紛れも無い人間の温度。
血の通った柔い生の証拠。


は、と息を吐く。そしてすぐに吸い込んだ。


(生きていてくれたのか)

馬鹿げているが、とても久しぶりに呼吸をした気がした。




「……泣くなよ……馬鹿が」

気が付けば、泣きじゃくっていた。

「ごっ、め……なさい……ごめん、なさいっ……ミナトっ……」

カヤはしきりにごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返した。

ぐちゃぐちゃの頭では、もうそれしか出来ることがなかった。


「こっちの、台詞だろうがよ……悪かったな……結局……危ねえ目に、合わせて……」

ミナトの言葉に、ぶんぶんと首を横に振る。

止めて欲しいと思った。
そんな言葉、絶対に絶対に投げかけて欲しく無かった。


「……膳の、奴……お前を、殺そうと……したんだって……?」

ミナトは、骨が折れていない方の左腕を持ち上げ、カヤの目元に近づけて来た。

爪の先まで包帯だらけの痛々しい指が、そっと眼尻に当てられる。

溢れて行き場を無くしていた涙は、包帯に吸収されていった。

「怖かったろ……良く、一人で踏ん張ったな……」

包帯の隙間から見える口角が片方だけ上がって、それは何ともミナトらしい笑い方だった。

カヤは、ぐっと涙を呑みこみ、ミナトの真似をして無理やりに笑顔を作った。

「ミナトが……優しいなんて、気持ち悪いよ……」

震える声でそう言えば、ミナトが小さく嘲笑する。

「はっ……言うじゃねえか……って、いってえ……笑うと痛え……」

笑いながらも呻くミナトに釣られるようにして、カヤは思わず自然な笑顔を落とした。

それを見たミナトが、また微笑む。
先程とは少し違う種類の笑顔に心臓が痛くなった。

カヤの顔なんて涙で汚れてぐしゃぐしゃだろうに、あんまりにもミナトが優しい眼尻をするから――――狂おしいほど、嬉しくなってしまって。


「うっ、えぇ……」

耐え切れなくなって、その胸に縋り付いていた。

「ミナトっ……ミナト……!あり、がとっ……生きててくれて、ありがとう……!」

馬鹿みたいに名前を呼んで、しゃくり上げすぎて何度も咽込んで。

そんなカヤの頭を、ミナトは苦笑いしながら撫でてくれる。

「だから泣くなっての……」

嗚呼、狡いことに、指だけじゃなくて声すらも今日は優しいのだ。