【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

いつしかカヤたちは村の門まで来ていた。

先ほどより通行人は少ないものの、未だに人が途切れる様子は無い。
二人は人の流れに乗るようにして、門を跨いだ。

すっかり夜になってしまってはいたものの、定期的に道の隅に置かれている松明のおかげで、村は真っ暗では無かった。

煌々と炎が照らす村の中を、コウと並んで歩く。
カヤの家はもう目と鼻の先まで近づいてきていた。


「どうして自分の国には帰らないんだ?」

ぽつりと、コウは先ほど途切れた話を再び再開させた。

「……主な理由はこれ」

被った布の隙間から髪をひらひらと揺らすと、コウが察したように「ああ成程」と頷いた。

「そんなに長いのに切らないのか?正直、色だけじゃなくて、その長さも目立つ理由だと思うぞ」

もっともな事を言ったコウの視線が、カヤの髪を辿る。

確かに、紐を駆使して髪を編み込んではいるものの、それでもカヤの髪の先は膝辺りまであった。

「切らないかな……ていうか、産まれてから一度も切った事ない」

「え、なんでだ!?邪魔じゃないのか!?」

コウが今日一番仰天したのような声を出した。
なんで、と聞かれると簡潔に答えるのは少し難しかった。

"特に理由は無い"

そう答えようと口を開きかけ、しかしカヤはゆっくりと閉じた。

(拙くても良いから、か……)

先ほどのコウの言葉が、優しく心臓を小突いたのだ。


「この髪とは……一番楽しかった時から一緒だったから」

カヤ無意識に、髪をぎゅっと握りしめた。
なぜだか、変に緊張してしまっていた。

「だから、これを切っちゃうと、楽しかった時の記憶も切れちゃう気がするの」

本当に久しぶりに、己の心情と言うものを吐露した。

カヤは生唾を呑みこんだ。
自分の胸の内を曝け出す行為は、こんなにも気恥ずかしかっただろうか。

「ま、まあ……どうせなら黒髪に産まれたかったんだけどね」

もしかすると、馬鹿みたいな事を言ってしまったかもしれない。
そう思ったカヤは、誤魔化すようにそう言った。

しかしコウは嘲るような笑いは見せなかった。
それどころか、カヤの言葉を丸ごと受け取るように、優しく微笑む。

「そうか?稲穂みたいで良いと思うけどな。綺麗だし」

綺麗。
思わぬ言葉に、少し驚く。

「……は、初めて言われた」

綺麗?綺麗。綺麗だってさ。

何度も馬鹿みたいに頭の中で反芻する。
自分には勿体なさすぎるその言葉は、カヤの心臓を少し早くさせた。