【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

ほんの目の前で、鋭い刃が柔らかな皮膚を、ぶちぶちと押し破っていくのが見えた。

ぱたっ、ぱたっ、ぱたっ。
止め処なく溢れる血液は翠の腕を侵し、次々に床に斑点を作っていく。


翠は呻き声一つ上げなかった。
ただただ無言で、カヤの喉から刃先を遠ざけようとする。

「……お、お放し、くださいっ……」

膳が無意識のように剣に力を込め、それに抗おうとした。
しかし翠は更に刃を握りこむと、ぐぐっ、と強い力で剣を引く。


ぼたぼたぼたっ!
恐ろしい音と共に、一際激しく血液が溢れ出た。


(落ちる)

ぽとりと、呆気なく。
翠の指が今にも千切れ、落ちてしまいそうで。

ぐらりと脳内が揺らいだ。



「っ、やめて……!」

カヤが悲鳴をあげたと同時、耐え切れず膳が剣を取り落とした。


――――ガシャァン!
大きな音を立て、血を纏った剣が床に叩きつけられる。



「……あな、たは……そんなにも……」

膳はカヤを放すと、よろめくようにしてその場に膝を付いた。
翠が作り出した血だまりを呆然と見下ろしている。

「……もう、遅かったと言う……のか……」

言葉にならない言葉を吐き、膳は血だまりに手を付いて絶望したように項垂れた。

鼓膜を圧迫するような静寂。
誰も何も言えず、そして動かない。

ただただ、膳のすすり泣く声だけが部屋に響いた。


しばし膳の丸まった背中を見下ろしていた翠が、ゆっくりと屈んだ。
血塗れの指が、膳が落とした剣を拾い上げる。

そして翠は、激しく傷付いているであろう右手で剣の柄を握ると、それを唐突に振り上げた。

――――ダァン!

「っ、ぐあああああぁああぁ!」

膳の苦痛に満ちた大声が部屋に響き渡った。
鈍色のその刃は、膳の右手を思い切り串刺しにしていた。

「うあぁあああああぁああ!」

のたうち回る膳に、それでも翠は容赦なかった。
力を緩めないどころか、まるで抉るようにして刀身を捩じり上げる。

少しでも長く膳を苦しめるように。
それはもう残酷なほど、ゆっくりと肉を引き裂いていく。

ボキッ、ボキッ、と手の骨が次々に砕かれていく音が聴こえた。


「あ……あ……」

後ずさろうとしたけれど、動けなかった。
あまりにも残虐な目の前の光景が、カヤの身体を、眼を、確固として縫い付ける。

「……す、い……」

カヤの頭を柔らかく撫でてくれるあの美しい指は、激しく牙を剥いていた。

有無を言わせない圧倒的なその存在性で、そうやって弱者を殺しにかかる。

惨たらしく潰される蟻のように。
あっけなく羽をもがれる蝶のように。


「……や、めて、……」

愚かな人間に裁きを下す、神のように。




「翠様!お止め下さいっ……!」

走り寄ってきたタケルが、翠の肩を勢い良く掴んだ。

「止めるなぁああぁああ!」

その瞬間、膳が絶叫した。
まさかの叫びに、タケルはギョッとしたように翠から手を放した。