「私が目的なんでしょう?大人しく付いていくから……だから、お願い!この人は見逃してっ……」
涙混じりに訴えると、首領の男が前に進み出て来た。
「良い心掛けだ」
冷たい声でそう言い、カヤの腕を掴んで引っ張る。
もう抵抗はしなかった。
カヤは大人しく立ち上がった。
ミナトの氷のような手が、笑えるくらい一瞬で遠のいて行く。
(……お願い)
お願いだ。どうかお願いだ、と。
カヤは必死に願った。
どうかカヤ達が去るまで、持ちこたえてくれ。
どうか。そして、どうかそのまま這いあがってくれ。どうか生きてくれ。
「よし、膳様の所へ戻るぞ」
カヤの両腕を背中側で拘束し、男がそう言う。
そして、その視線が冷たくミナトを捉えた。
「その男はさっさと落としておけ」
続けられた言葉に、カヤは耳を疑った。
「なっ……約束が違う!ミナトは見逃してくれるって……!」
「約束なんざしちゃいねえ。"良い心掛けだ"とだけ言ったんだ」
馬鹿にされたように鼻で笑われ、目の前が怒りでカッと赤く染まった。
「っ、この卑怯者!放してっ……放してったら!」
四肢を暴れさせ、どうにか拘束から抜け出そうと全力でもがく。
「ちっ、暴れんな。鬱陶しい」
必死の抵抗も空しく、男は煩わしそうに舌打ちをするのみ。
死ぬほど悔しかった。
こんなにも怒りでどうにかなりそうだと言うのに、どうしたってカヤの力では敵わない。
それでもそれを認めてしまった瞬間にすべてが終わるような気がして、カヤは暴れ続けた。
「いやだ、嫌だっ……ミナト、ミナト!ミナトッ……!」
「うるっせえな……良い加減にしろ、よ!」
ドガッ――――と言う衝撃と共に、カヤの身体がくの字に折れ曲がった。
男の膝が、カヤの腹に容赦なくめり込んでいた。
「あ……」
声にならない悲鳴だけが、喉から押し出された。
カヤの身体は、ずるずると滑り落ち、そして地面に打ち付けられた。
息が出来ない。
痛い。痛い。苦しい。痛い。
堪え難い痛みに喘ぎながら、カヤは薄っすら瞼を開けた。
「……ミ、ナ……ト……」
雨粒が容赦無く眼球に入り込んできて、目の前を滲ませていく。
無いに等しい力を振り絞り、カヤは震える右手をその人に伸ばした。
何が何でも触れたかった。繋ぎ止めたかった。
冷え切っていたあの手を、どうしてもどうしてもどうしても握りたくて。
「や……め、て……」
剣を持った男が、構えを取ったのが見えた。
雨とも涙とも付かない何かが、濡れそぼった頬を滑り落ちていく。
ミナトが落として行った大量の血に混じって、そうやってカヤの体を浸し、溺死させようとしてくるのだ。
――――くらくら、して仕方なかった。
(いやだ)
急速に離れて行こうとする意識を、必死に引き止めようともがく。
けれど視界は暗転の一途を順調に辿るばかり。
(いやだよ、こんなの)
絶望に支配され、形を伴わない嗚咽が口から漏れ出た。
だって、どうしたって分かってしまうのだ。
このまま気を失って、カヤが泥中を漂っている間に、ミナトは何処かへ行ってしまうのだと。
狂うほど穏やかな、綺麗な所へ、逝ってしまうのだと。
声が出ない。指先が動かない。
ただただ、涙だけが垂れ流されていく。
降りしきる雨を裂くようにして、そして刃先がミナトに向かって振り下ろされる―――――
(もう、懲り懲りなんだ)
絶つなら、私を絶ってくれ。
―――――ぶちり。
世界が途絶える間際、ミナトの左手が崖下へ消えて行ったのが見えた。
涙混じりに訴えると、首領の男が前に進み出て来た。
「良い心掛けだ」
冷たい声でそう言い、カヤの腕を掴んで引っ張る。
もう抵抗はしなかった。
カヤは大人しく立ち上がった。
ミナトの氷のような手が、笑えるくらい一瞬で遠のいて行く。
(……お願い)
お願いだ。どうかお願いだ、と。
カヤは必死に願った。
どうかカヤ達が去るまで、持ちこたえてくれ。
どうか。そして、どうかそのまま這いあがってくれ。どうか生きてくれ。
「よし、膳様の所へ戻るぞ」
カヤの両腕を背中側で拘束し、男がそう言う。
そして、その視線が冷たくミナトを捉えた。
「その男はさっさと落としておけ」
続けられた言葉に、カヤは耳を疑った。
「なっ……約束が違う!ミナトは見逃してくれるって……!」
「約束なんざしちゃいねえ。"良い心掛けだ"とだけ言ったんだ」
馬鹿にされたように鼻で笑われ、目の前が怒りでカッと赤く染まった。
「っ、この卑怯者!放してっ……放してったら!」
四肢を暴れさせ、どうにか拘束から抜け出そうと全力でもがく。
「ちっ、暴れんな。鬱陶しい」
必死の抵抗も空しく、男は煩わしそうに舌打ちをするのみ。
死ぬほど悔しかった。
こんなにも怒りでどうにかなりそうだと言うのに、どうしたってカヤの力では敵わない。
それでもそれを認めてしまった瞬間にすべてが終わるような気がして、カヤは暴れ続けた。
「いやだ、嫌だっ……ミナト、ミナト!ミナトッ……!」
「うるっせえな……良い加減にしろ、よ!」
ドガッ――――と言う衝撃と共に、カヤの身体がくの字に折れ曲がった。
男の膝が、カヤの腹に容赦なくめり込んでいた。
「あ……」
声にならない悲鳴だけが、喉から押し出された。
カヤの身体は、ずるずると滑り落ち、そして地面に打ち付けられた。
息が出来ない。
痛い。痛い。苦しい。痛い。
堪え難い痛みに喘ぎながら、カヤは薄っすら瞼を開けた。
「……ミ、ナ……ト……」
雨粒が容赦無く眼球に入り込んできて、目の前を滲ませていく。
無いに等しい力を振り絞り、カヤは震える右手をその人に伸ばした。
何が何でも触れたかった。繋ぎ止めたかった。
冷え切っていたあの手を、どうしてもどうしてもどうしても握りたくて。
「や……め、て……」
剣を持った男が、構えを取ったのが見えた。
雨とも涙とも付かない何かが、濡れそぼった頬を滑り落ちていく。
ミナトが落として行った大量の血に混じって、そうやってカヤの体を浸し、溺死させようとしてくるのだ。
――――くらくら、して仕方なかった。
(いやだ)
急速に離れて行こうとする意識を、必死に引き止めようともがく。
けれど視界は暗転の一途を順調に辿るばかり。
(いやだよ、こんなの)
絶望に支配され、形を伴わない嗚咽が口から漏れ出た。
だって、どうしたって分かってしまうのだ。
このまま気を失って、カヤが泥中を漂っている間に、ミナトは何処かへ行ってしまうのだと。
狂うほど穏やかな、綺麗な所へ、逝ってしまうのだと。
声が出ない。指先が動かない。
ただただ、涙だけが垂れ流されていく。
降りしきる雨を裂くようにして、そして刃先がミナトに向かって振り下ろされる―――――
(もう、懲り懲りなんだ)
絶つなら、私を絶ってくれ。
―――――ぶちり。
世界が途絶える間際、ミナトの左手が崖下へ消えて行ったのが見えた。
