【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

奇跡。確かにコウの言う通りだ。

3人の男達に髪を狙われ、あんなにも恐ろしい思いをしたにも関わらず、今こうして無事に立っている。

極度の緊張感から一気に解放された事、そして破顔しているコウの顔がなんだか可笑しかった事も手伝い、腹の底から何かくすくすとしたものが込み上げてきた。

「あははっ、間違いない」

するりと出て来たのは、ごく自然な笑みだった。

カヤが笑顔を見せた瞬間、コウは驚いたように目を丸くした。
それを見て、カヤも一瞬で笑顔を引っ込める。

(あれ……私、今笑ったな)

笑うのを止めた瞬間に、そんな自覚が湧いてくる。
そんな事を自覚する事さえ、なんだかヘンテコな気もするが。

勝手に上がってしまった己の口角に戸惑っていると、コウはまた微笑みを見せた。

「案外良く喋るんだな。やっぱり、そっちが素か」

見透かされたようにその言葉になぜだか羞恥を感じ、カヤは口籠った。

「別に、好きで喋らないわけじゃ……」

唇を尖らせながら俯く。

実はカヤは誰かと会話をするのは、別段嫌いでは無かった。
今こんなにも静かなのは、誰に対しても警戒心を持っているからだ。

それどころか、幼い頃は口を開けば、ずっと誰かに喋りかけているような子供だった。

あまりにも口を止めないので、かか様が困り果てて、カヤの口を覆った時もあったほどだ。


「なら、出来るだけ誰かと言葉を交わすと良い」

下を向くカヤに、コウは優しい調子で言った。

「拙くても良いから。言葉は自分を生きやすくするための、最も簡単で有効な手段だ」

諭すような言葉の中に、尊大ぶるような様子は無い。

カヤは不思議だった。
コウの言葉は、驚く程すんなりとカヤの心の内にまで入り込んでくる。

例えるならば、ぬるま湯のようで、鼓膜から入ったそれは心地よく全身に行き渡り、最後には心臓を優しく包む。

「……うん」

素直に頷いたカヤに、コウは薄く笑みを深めた。



ほどなくしてカヤとコウは、ゆっくりと村へ続く道を歩き始めた。
コウはどうやら、カヤを家まで送ってくれるようだった。

先ほど通った村の門が近づいてきた頃「そういえば、」と思い出したかのようにコウが口を開いた。

「さっきあいつ等に髪飾り渡したろ。良かったのか?渡して」

少し気づかわし気な声だった。

「あー、うん……命には代えられないしね」

どこか歯切れの悪い口調を悟ったのか、コウが神妙な顔つきになった。

「大事なものだったのか?」

「まあ……貰い物だから一応大事にはしてたんだけど、どうせ自分の国には帰らないし……良いの」

コウに向けた言葉のはずだったのに、まるで自分に言い聞かせるような言葉だった。

コウは「そうか」と言って、それ以上何も追及はしてこなかった。