(うそ)
理解した時、既に矢は放たれていた。
――――その瞬間、唐突に時が歩みを遅める。
それはもう、酷く緩やかに。
何もかもがゆっくりと動いていくのだ。
混じり合う剣も、怒声も、きらきら輝く雨粒さえも。
(綺麗だ)
馬鹿げた事を思った。
だって、鋭く尖った矢じりの石が、深い深い黒色なのだ。
そんな事すら確認出来るほど世界はゆっくりなのに。
不思議なほどに動けない。
悲鳴すらも喉に張り付いて出てきやしない。
その黒が、ただひたすら真っ直ぐにカヤに向かってくる。
(嗚呼、翠、せめて)
どうせ射殺されるなら、あの宝石のような眼に殺されたかった。
ドスッ―――――!
固い何かが、肉に突き刺さる音が聞こえた。
「ぐ、うっ……」
そして押し殺したような悲鳴。
(いたく、ない)
恐る恐る瞼を開けたカヤの喉から、ひうっと声にならない声が出た。
「ミ……ナト……」
カヤに覆いかぶさるようにして、ミナトが立ちはだかっていた。
「当たって、ねえ……な……?」
苦痛交じりに吐き、ガクンとその場に膝を付く。
ミナトの脇腹からは、矢が生えていた。
違うそうじゃない逆だ。刺さったのだ。カヤを庇って、矢が刺さったのだ。
「おい!馬を崖から落としておけ!」
そんな声と共に、先ほどカヤを狙った矢がリンに放たれたのが分かった。
一瞬後には、リンの横腹に矢が突き刺さる。
ヒヒィン!と激しいいななきを上げたリンに、追い討ちを掛けるように二人の男達が斬りかかっていった。
「やめてえええ!」
悲鳴を上げたカヤの目の前で、崖際に追い詰められたリンが足元を踏み外す。
あ、と思った時には、その黄白色の姿は崖下へ呑みこまれていった。
「リンッ……!」
思わず立ち上がって走り出しかけた時、ぐんっと強い力で引き戻された。
「行くな!」
脇腹を抑えたミナトが、カヤの腕を強く掴みながら言い放つ。
「でも、でもっ……!」
「っ行くなっつってんだろ!」
鋭い大声にカヤはビクッと肩を揺らした。
(あ……)
気が付いてしまった。
腕を掴むミナトの手が、わなわなと小刻みに震えている。
鋭い眼光は激しい怒りに満ち溢れていて、皮膚を突き破ってしまいそうな程に唇を噛み締めて。
本当なら全てを放って、今すぐにでもリンの元へ駆け出したいだろうに。
その激情を、ミナトは必死に押し殺そうとしていた。
(……私が、居るから……)
――――そう。全てはカヤを守ろうとするために。
「一歩も動くんじゃねえぞ……」
ふらりと立ち上がったミナトは、脇腹に刺さったままの矢を剣で叩き切った。
しかし、矢じりはまだ皮膚の中だ。
それでもミナトはそのまま男達へ向かって地を踏み締め歩き出して行く。
「……てめえら、殺してやるよ」
地の底から這いあがるような声だった。
離れていくミナトの脇腹が赤く染まっていた。
それは瞬く間に、じわじわと範囲を広げて背中までをも侵していく。
ぞっとした。
物凄い速さで、血液が滲み出ていた。
「ミナト……!」
動いてはいけない。
死んでしまう。
カヤが叫んだと同時、ミナトが勢いよく男達へ斬りかかって行った。
―――――ギィン!
固い刃のぶつかり合う音が、激しく辺りに鳴り響く。
カヤは呆然と目の前の戦いを見つめる事しか出来なかった。
理解した時、既に矢は放たれていた。
――――その瞬間、唐突に時が歩みを遅める。
それはもう、酷く緩やかに。
何もかもがゆっくりと動いていくのだ。
混じり合う剣も、怒声も、きらきら輝く雨粒さえも。
(綺麗だ)
馬鹿げた事を思った。
だって、鋭く尖った矢じりの石が、深い深い黒色なのだ。
そんな事すら確認出来るほど世界はゆっくりなのに。
不思議なほどに動けない。
悲鳴すらも喉に張り付いて出てきやしない。
その黒が、ただひたすら真っ直ぐにカヤに向かってくる。
(嗚呼、翠、せめて)
どうせ射殺されるなら、あの宝石のような眼に殺されたかった。
ドスッ―――――!
固い何かが、肉に突き刺さる音が聞こえた。
「ぐ、うっ……」
そして押し殺したような悲鳴。
(いたく、ない)
恐る恐る瞼を開けたカヤの喉から、ひうっと声にならない声が出た。
「ミ……ナト……」
カヤに覆いかぶさるようにして、ミナトが立ちはだかっていた。
「当たって、ねえ……な……?」
苦痛交じりに吐き、ガクンとその場に膝を付く。
ミナトの脇腹からは、矢が生えていた。
違うそうじゃない逆だ。刺さったのだ。カヤを庇って、矢が刺さったのだ。
「おい!馬を崖から落としておけ!」
そんな声と共に、先ほどカヤを狙った矢がリンに放たれたのが分かった。
一瞬後には、リンの横腹に矢が突き刺さる。
ヒヒィン!と激しいいななきを上げたリンに、追い討ちを掛けるように二人の男達が斬りかかっていった。
「やめてえええ!」
悲鳴を上げたカヤの目の前で、崖際に追い詰められたリンが足元を踏み外す。
あ、と思った時には、その黄白色の姿は崖下へ呑みこまれていった。
「リンッ……!」
思わず立ち上がって走り出しかけた時、ぐんっと強い力で引き戻された。
「行くな!」
脇腹を抑えたミナトが、カヤの腕を強く掴みながら言い放つ。
「でも、でもっ……!」
「っ行くなっつってんだろ!」
鋭い大声にカヤはビクッと肩を揺らした。
(あ……)
気が付いてしまった。
腕を掴むミナトの手が、わなわなと小刻みに震えている。
鋭い眼光は激しい怒りに満ち溢れていて、皮膚を突き破ってしまいそうな程に唇を噛み締めて。
本当なら全てを放って、今すぐにでもリンの元へ駆け出したいだろうに。
その激情を、ミナトは必死に押し殺そうとしていた。
(……私が、居るから……)
――――そう。全てはカヤを守ろうとするために。
「一歩も動くんじゃねえぞ……」
ふらりと立ち上がったミナトは、脇腹に刺さったままの矢を剣で叩き切った。
しかし、矢じりはまだ皮膚の中だ。
それでもミナトはそのまま男達へ向かって地を踏み締め歩き出して行く。
「……てめえら、殺してやるよ」
地の底から這いあがるような声だった。
離れていくミナトの脇腹が赤く染まっていた。
それは瞬く間に、じわじわと範囲を広げて背中までをも侵していく。
ぞっとした。
物凄い速さで、血液が滲み出ていた。
「ミナト……!」
動いてはいけない。
死んでしまう。
カヤが叫んだと同時、ミナトが勢いよく男達へ斬りかかって行った。
―――――ギィン!
固い刃のぶつかり合う音が、激しく辺りに鳴り響く。
カヤは呆然と目の前の戦いを見つめる事しか出来なかった。
