瞬間、がくんと膝から力が抜けて、カヤはその場にしゃがみ込んだ。

「……こ、怖かった……」

無意識に止まっていた息を肺いっぱいに吸い込み、どうにか落ち着こうと深呼吸を繰り返す。

いつからそうなっていたかはもう分からないが、心臓は早鐘を打っていた。
そんなカヤを気遣うようにコウも隣にしゃがみ込んで、背中を撫でてくれた。

「おいおい、大丈夫か」

「う、うん……」

額の汗を拭いながら、どうにかそう答える。

規則的に背中を往復してくれるコウの手のおかげで、心臓は徐々にだが緩やかになっていった。


「なんで俺が剣を持ってるって分かった?」

カヤが随分落ち着いた頃、コウが静かに口を開いた。

「あ、うん……歩き方で、なんとなくそうなのかなって」

先ほど、コウの歩き方を見て感じた予感は的中していた。

左手は、まるで布に隠された剣を握るかのように太もも辺りに垂れていたし、右手はすぐ抜刀出来るように、臍あたりに固定されていたのだ。

それが、剣を差す人間が無意識に行う歩き方だと知っていたためだった。


「成程な……良く気が付いたな」

コウが感心したようにそう言ったが、カヤは首を横に振った。

気が付いたのは本当に偶然だし、完璧な自信があったわけでも無かった。

予想が当たったから良いものの、外れればカヤ達は間違いなく今頃こうして無事では居なかっただろう。


「それにしても、あの男達が逃げなかったらどうするつもりだったんだ?」

コウが訝し気にそう尋ねて来た。

正直あまり後先を考えていなかったため、どうするつもりも無かったのだが。
ずばりと痛いところを指摘され、そろりとコウから視線を逸らした。

「……万が一になっても、コウが戦ってくれるかなと思いまして」

「って、俺かよ!」

「だ、だって、そんな立派な剣持ってるくらいなんだから、戦えるんでしょう?」

コウの産まれだと言っていた東の国では、きっとただの民でも剣の保持が許されているのだろう。

そして商人としてあちこちを旅するなら、危険な目に合う事も多いはず。

ならば、剣の名手とは言わずとも、それなりの嗜みはあるのだろうと勝手に予想していたのだ。


しかし、コウは驚愕したように目を見開いた。

「阿呆!こんなもんただの拾い物だっつの!こんな研いでも無い剣なんて使えるか!」

思わぬ言葉に、カヤの口から焦った声が漏れた。

「えっ、嘘……それ拾い物なのっ?」

「当たり前だろ!金になると思って持ってたんだよ!第一、俺みたいなのが剣なんて振れるわけねーだろ!」

その瞬間、自分の考えが完全なる思い込みで、尚且つ見事に間違いだった事に気が付いた。

カヤは愕然とした。

「そ、それを早く言ってよ!」

「言う間もなくお前がハッタリかましたんだろ!」

「はっ……確かに!」

心の底から納得して大きく頷くと、

「……っ、く、…ははは!」

コウが唐突に吹き出した。

「ほんっとに面白い女だな、お前!」

苦しそうに身体を半分に折り曲げて、コウは肩を揺らす。

「久しぶりに焦ったわ。ははっ、怪我もしてないのが奇跡だよ」

そう言って、コウはケラケラと笑い続ける。