びくり。
押え付けていた翠の手首が震えて、けれど一瞬後には嫌に大人しくなる。
湿りを帯びていた額の皮膚は、翠の吐息よりもずっとずっと熱かった。
「……熱い」
額を合わせたまま、そっと眼を開ける。
翠はまだ眼を固く閉じていた。
長い睫毛が、ふるふると戦慄いている。
カヤはゆっくりと額を離し、上体を起こした。
「相当熱いんですけど……これ、かなり辛いでしょ」
組み敷いていた翠の上から退きながらそう言うが、翠からの返答は無い。
「……翠?」
ん?と思いながら声を掛けた刹那、入口の方から声が聞こえた。
「――――カヤ、出てきてはくれぬか。翠様が召し上がれそうな物を持ってきた」
「あ、はい!」
どうやらタケルが戻ってきたようだ。
カヤは立ち上がると、入口の布を捲り上げて廊下に出た。
「翠様のご様子はどうだ?」
粥の器をカヤに手渡してきながら、いの一番にタケルは聞いてきた。
「芳しくは無いですね。思ったよりも高熱のようです」
「そうか……」
「ひとまず私が着いていますので、どうかタケル様は公務の方を」
タケルは翠が心配で心配で堪らない様子だ。
翠が居ないだけでも屋敷の公務が滞るだろうに、タケルまでもが上の空になってしまってはもうどうしようもない。
頼み込むようにカヤが言うと、タケルは申し訳なさそうに目を伏せた。
「すまぬな、カヤ……」
「え?」
「翠様は、あまり私を頼って下さらないのだ……」
しゅん、とあまりにも肩を落とすせいで、大きな図体が一回り小さく見える程だった。
「きっと私がそれほどの存在になりきれていないのだろうな……翠様が望まれないのなら仕方あるまいが、なんとも侘しいものだ」
タケルは悲し気に眉を下げたまま、入口の布を見やった。
たった一枚のその布は、頑なに部屋と翠を閉ざしたまま、ひらひらと揺れている。
「……そなたのように、ズカズカと翠様の部屋に入っていけるような人間が居て助かった」
「ズ、ズカズカですか……」
頬を引き攣らせたカヤに、タケルは「褒め言葉だ」と付け加えてくれた。
「それでは、すまぬが頼んだ」
「はい。何かあったらお声掛けいたします」
いつもより小さな足音で去っていくその背中からは、哀愁が伺えた。
翠に一番近しい位置に居るのはタケルとカヤだ。
だから、タケルの気持ちが痛い程に分かった。
大切な人が気づかわしいのに、その人に跳ね付けられて遮断される気持ち。
(そんな悲しい事って、無い)
正につい先程、遮断された身だ。
それを実感してしまい、ズキッと心が痛んだ。
押え付けていた翠の手首が震えて、けれど一瞬後には嫌に大人しくなる。
湿りを帯びていた額の皮膚は、翠の吐息よりもずっとずっと熱かった。
「……熱い」
額を合わせたまま、そっと眼を開ける。
翠はまだ眼を固く閉じていた。
長い睫毛が、ふるふると戦慄いている。
カヤはゆっくりと額を離し、上体を起こした。
「相当熱いんですけど……これ、かなり辛いでしょ」
組み敷いていた翠の上から退きながらそう言うが、翠からの返答は無い。
「……翠?」
ん?と思いながら声を掛けた刹那、入口の方から声が聞こえた。
「――――カヤ、出てきてはくれぬか。翠様が召し上がれそうな物を持ってきた」
「あ、はい!」
どうやらタケルが戻ってきたようだ。
カヤは立ち上がると、入口の布を捲り上げて廊下に出た。
「翠様のご様子はどうだ?」
粥の器をカヤに手渡してきながら、いの一番にタケルは聞いてきた。
「芳しくは無いですね。思ったよりも高熱のようです」
「そうか……」
「ひとまず私が着いていますので、どうかタケル様は公務の方を」
タケルは翠が心配で心配で堪らない様子だ。
翠が居ないだけでも屋敷の公務が滞るだろうに、タケルまでもが上の空になってしまってはもうどうしようもない。
頼み込むようにカヤが言うと、タケルは申し訳なさそうに目を伏せた。
「すまぬな、カヤ……」
「え?」
「翠様は、あまり私を頼って下さらないのだ……」
しゅん、とあまりにも肩を落とすせいで、大きな図体が一回り小さく見える程だった。
「きっと私がそれほどの存在になりきれていないのだろうな……翠様が望まれないのなら仕方あるまいが、なんとも侘しいものだ」
タケルは悲し気に眉を下げたまま、入口の布を見やった。
たった一枚のその布は、頑なに部屋と翠を閉ざしたまま、ひらひらと揺れている。
「……そなたのように、ズカズカと翠様の部屋に入っていけるような人間が居て助かった」
「ズ、ズカズカですか……」
頬を引き攣らせたカヤに、タケルは「褒め言葉だ」と付け加えてくれた。
「それでは、すまぬが頼んだ」
「はい。何かあったらお声掛けいたします」
いつもより小さな足音で去っていくその背中からは、哀愁が伺えた。
翠に一番近しい位置に居るのはタケルとカヤだ。
だから、タケルの気持ちが痛い程に分かった。
大切な人が気づかわしいのに、その人に跳ね付けられて遮断される気持ち。
(そんな悲しい事って、無い)
正につい先程、遮断された身だ。
それを実感してしまい、ズキッと心が痛んだ。
