【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「お前なあ……このしんどい時に食ってかかってくるのやめろよ……反論出来ねえだろ……」

机を支えにしてどうにか座っている翠が、ぜえぜえ声で言った。

「ぐだぐだ言ってないで早く横になって。何考えてるの、こんな時に公務なんて」

カヤは勢いよく筆を奪い取り、机に乱暴に置いた。

「あ、おいこら、返せ……」

「返しません」

翠が抗議してきたが、聞き入れるつもりは全く無い。
カヤはそのまま机を引っ掴んで、ずるずると部屋の隅に追いやってやった。

支えるものを無くした翠は、ふらふらとその場に倒れ込んだ。

ほら見ろ、と思った。
座っている事さえやっとな有様ではないか。

「翠、ちょっと額貸して」

熱を確かめるためその額に手を伸ばすと、

「いやだ」

翠はそう言って、ゴロンとカヤに背を向けた。

「……はい?」

またもや苛、としてしまい、思わず眉間に皺が寄った。
翠はまるでカタツムリのように丸まりながら、ぼそりと言う。

「貸したくない」

「なんで」

「……大した事、ないから」

「大した事ないなら額貸して」

「…………」

「ねえ、翠」

「大丈夫だって言ってるだろ……もう良いからいい加減出てけっ……」

――――ぷっつん。
その戯言に、堪忍袋の緒が切れる音がした。

(いい加減にしろはこっちの科白だ馬鹿翠!)

カヤは翠の両手首をひっ掴むと、そのまま床に押え付けた。

「なっ……」

翠が驚いたような声を上げたが、関係ない。
間髪入れずにその身体をまたぎ、思いっきり組み伏せてやった。

「お、ま……」

真下の翠は言葉を失って、呆然とカヤを見上げている。

普段ならば恐れ多くてこんな事なんて出来るはずもないが、今日のカヤは違った。
ただただ目の前の意地っ張りが憎たらしくて堪らなかったのだ。

「ほんっとに怒るよ」

不機嫌に言葉を落とすと、翠が噛みつくように言ってきた。

「っもう怒ってんじゃねえか……!つか、離せっ……」

恥ずかしいのか、カヤの手から逃れようと弱々しい抵抗を見せてきた。

逃げられないように、腕にも足にも更に力を入れる。
今日の翠はまるで赤子のようにひ弱で、簡単に押さえつける事が出来た。

翠はしばらくじたばたと無駄な足掻きをしていたが、やがて大人しくなった。
どうやら諦めたようだ。


「覚えてろよ……」

僅かに息を乱れさせる翠は、潤んだ眼でこちらを睨んでくる。

肌蹴た衣から覗く白い肌は汗で僅かに湿っていて、その頬も唇も熟れた果実みたいに赤くなっていて、こんな時でも翠は綺麗だった。


(女の子みたいだ)

このままひたすらに翠を見下ろしていようか。
この美しく惰弱な人間を閉じ込めていると言う征服感を、楽しむのも悪くない。


そんな馬鹿げた事を思いながら、カヤは顔を翠に近づけた。

「良いから黙って」

睫毛同士がくっ付きそうな距離になった時、そう囁く。
あまりにも近しい距離にある翠の瞳が、ぐらりと揺れた。

「う、わ」

ぎゅっ、と翠が眼を瞑った。
驚いたように吐いた息が唇に当たって、熱さをもたらす。

(熱い)

それごと呑みこみたい激しい衝動に駆られる――――――寸前で、カヤは眼を閉じ、額をくっ付けた。